約 2,307,908 件
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/469.html
今日は終業式、明日からは夏休みだというのに、僕は学校を休んだ。しかも、仮病で。 単純に学校に行きたくないということもあるのだけれど、もうひとつ理由がある。 僕は武装神姫について、なにも知らない。今後、ネロと生活していくとすると、何が必要なのか、どのように接していけばいいのかなど、色々と調べる必要があった。 ・・・・・・そんな理由で学校休んだなんて、口が裂けても言えないけど。 とりあえず、昨日のうちに充電用のクレードルだけはなんとか入手できた。おかげで、所持金がほとんど無くなったけど。 家の中は、静まり返っている。祖父も祖母もまだ元気で、昨日から北海道へ旅行に行っていた。四泊五日の予定らしいから、しばらくは帰ってこない。と、 「ん・・・・・・」 クレードルの上で、ネロが目を覚ました。 「おはよ、ネロ。気分はどう?」 「おはようございます、慎一。久しぶりによく眠れました」 なんでも、彼女はあそこでずっとスリープ状態のまま過ごし、人が通りかかった時だけ起動して、助けを求めていたらしい。よくわからないが、大変だったということはわかる。 「それで、僕はこれからどうすればいいのかな?」 最初はネットか何かで調べようと思ったのだが、考えてみれば実物が目の前にいるのだ。ネロに色々聞いていく方が早い気がする。 「そのことで・・・・・・、あの、申し上げにくいのですが・・・・・・」 「ん?」 「このまま私を所持されますと・・・・・・、慎一が不法所持の罪に問われるのです」 ・・・・・・なに? 「私の本来のマスターは現在行方不明なのですが、マスター登録が解除されているわけではありません。ですから私は、あなたをマスターと呼ぶことができません。それに、所有権も元のマスターにありますので・・・・・・」 要するに僕は、他人の物を勝手に所持していることになる、というわけか。 「私は自分で本来のマスターを探しますから・・・・・・」 というネロの言葉を遮って、呼び鈴が鳴った。 あまり出たくはなかったけど、もし祖父母に関することだったら大変なので、僕は玄関へ向かった。すると、 「良かった、元気そうで」 来客は、同級生の上岡梓だった。 「はい、今日わけられた配布物。それと、始業式の予定」 「あ、うん・・・・・・。ありがとう」 彼女は明るくて、しかも優しい性格で、男女問わず人気があった。もちろん、男子にとってはその容姿も人気の理由のひとつなわけだけれど・・・・・・。 「・・・・・・おせっかいだったかな?」 ・・・・・・とか考えてたら、彼女はそう言った。 「あ、う、ううん」 とりあえずそう答える。と、 「慎一」 って、ネロ!? 出てきちゃダメだって・・・・・・! 「テレビの電源がつけっぱなしですが・・・・・・」 「あ、それ・・・・・・」 梓は目の前のネロをまじまじと見詰める。 「星野くんも、武装神姫やってるの?」 ・・・・・・も? 「うわあ奇偶! 私もやってるんだ。ね、その娘、なんて名前?」 僕にはもう、この流れを止めることはできなかった。 僕は覚悟を決めて、ネロに関する事情すべてを梓に話した。すると、 「そっか・・・・・・。ね、私になにか協力できること、ない?」 「えっ?」 協力って・・・・・・。 「ネロちゃんのマスター、私たちで探してあげようよ」 「え、いえ、しかし・・・・・・」 ネロは狼狽した。あ、困ってる顔、結構可愛いな。 「大丈夫。ね、星野くん?」 ・・・・・・そんな笑顔で同意を求めないで下さい。ともかく僕らは彼女に押し切られ、明日、近所のセンターで待ち合わせをすることになったのだった。 幻の物語トップへ
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/1061.html
第7話 「隻脚」 俺がルーシーの存在をちょっと意識してからさらに数日後、お待ちかねの補助シリンダーが到着。 口には出さないが、コイツもワクワクしているようだった。 さっそくバリバリとダンボールを開いてみると、梱包材に埋もれるようにして不透明なプラスチックの箱が入ってた。 ……そういやネットにもシリンダーそのものの画像はアップされていなかった。 公式ライセンス商品だってんで疑う事もなく買ったけど、現物を見るのはこれが初めてだ。さて何が出るやらと開けてみると…… バッタの足が入ってた。 「うぁキモチ悪っ」 反射的に箱ごと投げ捨ててしまったが、フローリングの床にぶつかる寸前にルーシーがダイビングキャッチ。 「何してるんですか何やってるんですかまったくもー!」 「いやナニって」 「注意書きがあるんですから、ちゃんと目を通してください!」 プンスカ怒りながら彼女が差し出したのは、『非常に小さなパーツですが精密機械ですのでお取り扱いには注意を云々』みたいな事が書いてある小さな紙切れだった。 ……が、俺はこういうのに注意を払わない性格なので無視。 「だってお前それキモーイ」 さすがに本物でこそないが、見れば見るほどリアルすぎる。 ガキの頃によくイタズラして遊んだゴムのおもちゃみたいなチャチなのじゃなく、まるで本物からむしって来たみたいな感じだ。 つか『武装神姫』のイメージと全然違う気がすんだけどな。 ルーシー自身も間近で見たそのリアルな造形に一瞬動揺したようだったが、何とか平静を保つ。 「……外見はともかく、性能はまともなはずです」 ネットショップに画像がなかったのも分かる。 こんなキモグロデザイン見たら買うヤツぁいない。 グズっててもしょうがないんで、イヤイヤながら補助シリンダー(という名のバッタの足)デカ足に装着してやる。 つっても細かいチューニングなんかはルーシー本人が自分でやると決まってたんで、俺の仕事はこれでおしまい。 ヒマなのでちょいとお茶の準備でもしようかと立ち上がった所に、本日2度目のインターホン。カメラモニタを見ると、さっきのとは別の運送屋だった。 ハンコを押して受け取った小さな箱には『武装神姫初回登録記念粗品』とある……あぁ、そーいえば何だかパーツ1個サービスしてくれるんだっけ。 部屋に戻ると、既に調整が終わったらしいルーシーが笑顔で出迎えてくれた……ちくしょう、なんかいいなぁこういうの。 「何ですかそれ?」 「登録した時のサービスだとさ。 開けてみ」 テーブルに置いた箱を嬉しげに眺め、俺とは逆でそっと静かに開封していく。 こういう所も女の子って感じなのかねぇ? 顔がニヤケそうになる反面、またイヤガラセみたいなデザインのアイテムだったら速攻で送り返してやろうと思っていると、「あっ」という声と共にルーシーの顔が綻んだ。 続いて嬉しげな旋律で言葉が流れ出す。 「見てください、『カロッテTMP』ですよ。 基本装備のリボルバータイプ・ヴズルイフの弾数には不安があったのでこれは幸運というべきでしょうね。 あまり高価な品ではないですがコンシールド性に優れたスタイルに加えて小型ながらも赤外線スコープにスライドストックが付いてますから、ライフルほどではなくともある程度の精密射撃が可能です。 もちろん弾数はハンドガンとは比べ物になりませんから牽制にも充分使えます」 ……いっくら綺麗な声で歌みたいに滑らかだって、まさしくマシンガンさながらに喋られちゃ聞いてるだけで疲労が溜まる。 しょうがないのでこっちは「へーそーなんだーすごいねー」とかテキトーに相槌。 だからマニアトークは苦手なんだってば…くそ、俺の淡いトキメキを返せ。 そんなこんなで一応カタチは揃った。 装備はほとんど基本のまんまだが、最初持ってたリボルバーは今回手に入ったサブマシンガンに変更。 そして左足は予定通り素体のままで、右のデカ足に添えている。 角度によっちゃ足が1本しかないようにも見えて、妹の「古今(中略)辞典」に載ってた『カラカサオバケ』とか『イッポンなんとか』みたいな感じだ。 リアルなバッタの足がくっついてる事もあって、ヨソのサイトで見るカスタムタイプに比べると正直言って不恰好かなとも思ったが……本人に気にした様子はない。 ま、コイツが気に入ってくれるのが一番か。 ……ホント、今の俺って骨抜きだ。
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2283.html
3rd RONDO 『そうだ、神姫を買いに行こう ~2/4』 大学構内。 城尊公園。 白築通り。 町を優しく淡く包み込み、しかし鮮麗に燃える高揚感を描くような桜色。 雨よりも、雪よりも、陽光よりも軽く儚く舞う花。 人が燃え上がる火の粉に心を奪われるように。 散る桜もまた、誰の情を惹きつけて止まない。 「こうして歩いてると、なんだか物語の主人公になった気分にならない?」 くすぐったそうな笑みを零して、姫乃は俺の顔を覗き込んだ。 それが、この瞬間が、二度と訪れることのない情景であることが寂しくて。 俺は返事を返せないでいた。 「桜の魅力――ううん、魔力かな。 ずっとずっと昔から」 たくさんの人が、この魔力に魅せられてきたのよね。 姫乃はそう言って一歩先へ出て、絹のようにしなやかな身体を翻した。 白いシャツが、透き通るような肌が、桜に負けないくらい、眩しい。 「弧域くん、後でお花見しない?」 桜色に満ちた世界を後の楽しみにして。 「――――二人だけで、ね」 俺たちは、大型家電量販店 『ヨドマルカメラ』 へ向かった。 ―▲―▽―▲―▽―▲―▽―▲―▽―▲―▽―▲―▽―▲―▽―▲―▽― あなーたの(ヨドマル♪) そぉーばに(ヨドマル♪) ヨドマルカ~メラァ~ いつーでも(ヨドマル♪) どこーでも(ヨドマル♪) なんでもそ~ろうぅ~ テレビにエアコンそうじきゲーム けいたいでんわもパソコンもぉ~ 「あなたの暮らし、私たちにお任せください!」 ヨドマルカ~メ~ラァ~アッアァア~ ―▲―▽―▲―▽―▲―▽―▲―▽―▲―▽―▲―▽―▲―▽―▲―▽― 念のために言っておくが、俺も姫乃も花鳥風月をこよなく愛する類の人だ。 姫乃の趣味は知らない土地の一人歩きで、その土地での風景や出会いを宝物にしている。 廃墟になった神社でパジャマの領収書を拾ってきたり。 野良犬と折りたたみ自転車で頭文字Dしたり。 至高のメロンパンを鞄いっぱいに詰め込んだり。 猫にジブリ映画よろしく山道を案内してもらったり。 その山道から人様の民家の庭に出たり。 丁度そこの住民と出くわして気まずく挨拶したり。 小学生に吠えられたり。 女子用ス◯水を拾ってきたり。 一人歩きは本当に危ないからやめてくれと口をすっぱくして言っても、休日にふらっといなくなったと思ったら聞いたこともない土地から写真を送ってきたり、わけの分からない土産話を持って帰ってくるのだ。 「神姫売り場ってどこ?」 「二階。 おもちゃ売り場の中に特設コーナーがあるのよ」 俺も日本らしい趣が好きで弓道をやっている。 鳶の鳴き声。 矢が放たれる瞬間の甲高い音と、的の紙に穴を空ける音。 この三つの音だけが響く弓道場はなんというか、いやなんともいえずたまらんのだ。 (現実は180度逆で、高校生や大学生の弓道は他のスポーツに負けず劣らず五月蝿い。 そもそも鳶が鳴く弓道場なんて俺の知る限り、我がボロアパートから電車で三時間はかかるド田舎にしかない) 弓道の腕前はお世辞にも良しとし難いものだけれども。 独特の雰囲気に飽きることなく、高校生から大学生になった今でも真面目に練習に取り組んでいる。 「二階って寄るとこないもんなあ。 ヨドマルに来る用事なんて本かパソコンくらいだし、地下と三階にしか行ったことないや」 「私も電球が切れなかったら二階に行くことなんてなかったわ。 三階の本屋ってすっごく品揃えがいいのよね」 だが花は花で、団子は団子。 一度神姫を買うと決めて以来、今日この日曜日に至るまでどの型を選ぶかで頭がいっぱいで、桜が丁度見頃になっていたなんて気付きもしなかった。 どの神姫を購入するかはまだ決めていない。 徹夜でネットを徘徊してはみたものの、あまりに種類が多すぎて目移りするばかりだった。 それに俺はてっきり “武装神姫” を扱っているのはコナミ一社だとばかり思っていたのだが、実際は数々の会社がそれぞれ特色を持った神姫を売り出しているらしく、それもまた混乱に拍車をかける要因となった。 結局のところ、店で現物を見て選ぶのが一番ということのようだ。 一応候補を挙げるならばやはり、姫乃が持つ Front Line 製悪魔型ストラーフに対抗して、同社の天使型アーンヴァルだろうか。 公式サイトで画像を見る限り、白を基調とした落ち着いた雰囲気のボディにサラサラの金髪ストレートで、ストラーフよりも幾分優しい顔をしていた。 ニーキにギャフン! と言わせるためとはいえあからさまに対抗する形となるが、性格はパッと見大人しそうで手がかからなさそうだし、なかなか悪くない選択だと思う。 それに、悪魔をボコボコにするのは天使の役目と相場が決まっている。 「姫乃ってストラーフ型に手ぇ振ってもらったからニーキ買ったんだよな。 そのストラーフが売り子やってんの?」 「他にもいろんな神姫がいたわよ。 自分と同じ型を買ってもらおうって、みんな頑張ってたわ」 何より忘れてはならないのは、俺が神姫を買うことに抵抗があっても一緒に買いに行くことで同意してくれた姫乃の意見だ。 俺が選んだ神姫の種類に文句を言う姫乃ではない(と思う)が、彼氏たるもの、彼女の意見は極力尊重するつもりだ。 ……将来尻に敷かれそうだなあ、なんて思ったりもする。 ちなみにニーキは当然留守番だ。 店に神姫を連れ込んだら問答無用で万引き犯扱いされてしまう。 神姫と一緒に買物を楽しみたいオーナーもいるだろうに、純真無垢な神姫に万引きの手口を教え込む輩が後を絶たないのだ。 迷惑極まりない話だが、俺としてもニーキにデートの邪魔をされたくない。 購入予算は……まぁ、一括ニコニコ現金払いで神姫一体ギリギリ買えるだけ預金口座から下ろしてきたものの、型式によっては若干オーバーしたりもする。 そのへんの兼ね合いも考えて、良い神姫に出会えたならば重畳だ。 一階からエスカレーターに乗ると、上から特売商品を売ろうと客引きする声――では断じて無い、怒号に近い声が聞こえてきた。 「武装神姫コーナーは只今大変危険となっております!! 近づかないようお願いしまーす!! えー武装神姫コーナーは大変危険と――!!」 《私たちは要求する!! 神姫の労働条件改善を!! 神姫の正当な権利保証を!!》 玩具コーナーの一角、神姫特設スペースは混沌の様相を呈していた。 遠巻きに取り囲む客を近づけまいと警備員が警戒し、その輪の中で店員と神姫達が何やら言い争っていた。 というより、拡声器を使って叫ぶ神姫に店員が一方的に捲くし立てられている。 至近距離で拡声器から放たれる神姫の叫び声に耳を塞ぐしかないようだ。 ピラミッド状に山積みされた武装神姫の箱の上に見栄え良く武装された色とりどりの神姫達は、頂上で拡声器に向かって魂の叫びを上げるアーンヴァルを守るように仁王立ちし、下の方では何故か数体の神姫達が戦っていた。 店員はなんとかそれを止めようと接近を試みるが、 「いつでも発射できるぞ」 と言わんばかりに戦闘態勢をとっている神姫達に近づけないでいる。 神姫達の表情はどれも命を賭して戦う者のそれだ。 今日は販促イベントの日なのか? 世界征服を目論むアーンヴァルを倒すヒーローショー的なあれか? 「ここでヒーローの名前を叫んだら五色揃った五体の神姫が駆けつけてくるのかね?」 「叫んでもいいけど、その時はいくら弧域くんでも他人のふりをするからね。 今はあの神姫達に冗談は通じないと思うわよ」 「だよな、人形とは思えないくらい殺気立ってるし。 春だから春闘のまねごとってわけか」 基本的に人間に従順な神姫が反乱を起こすくらいだからよほどの悪条件で働かされているのだろうけれど、雇用主に訴えるならばせめて営業時間外にやってほしい。 拡声器といい、ピラミッドフォーメーションといい、事前に計画していて事を起こしたようだ。 だが日曜日を狙って店を困らせるとは浅はかなり。 一杯食わせたい気持ちは分からなくもないが、そんな方法で要求を飲ませるのは “駄々っ子” でしかない。 警備員が強攻策に出さえすればそれでお終いだろう。 「ま、客が心配することでもないか。 仕方ない、神姫はまた今度にして今日は花見するか」 姫乃が何気なく目線を下げ、 「そうね、野次馬になるのも迷惑になきゃっ!?」 その先に何か黒光りするものが飛び込んできた。 「ひめ――」 手を伸ばしたが遅かった。 姫乃はツルツルに磨かれた床でスニーカーを滑らせ、盛大にロングスカートを広げて 「白!」 尻餅をついた。 「なんで叫ぶのよ!?」 強かに尻を打ち付けた痛みと絶対領域を全開放した羞恥のダブルパンチで顔をボッ! と赤くした姫乃は尻餅の体勢のままスカートの前後を押さえた。 その一瞬だけ目に写った影と白のコントラストは、しかし一瞬だからこそ鮮烈に記憶に焼き付き、普段は野暮ったく見えるロングスカートの中にどれほどの夢が詰まっているかを垣間見るに十分であった。 もう何度想像したか分からないその禁断の領域を垣間見た俺はその瞬間を “名画” のようだと思った。 ほんの一瞬という人間の認識では連続で有り得ないその止まった時の中に輝く “白” は一瞬だからこそ無限の想像を溢れさせ、いや、その想像はある方向にのみ断固として無限ではない。 人の憂慮すべき探究心は時にその禁断のカーテンの向こうへと飛翔する。 嗜みある紳士ならば、この先俺が何を主張したいのか察してもらえることだろう。 ……さて、どうやって怒られる前に機嫌を取ろうか、と助け起こすのも忘れて熟考に入ろうとしたところで、姫乃に尻餅をつかせた黒光りする物体が 「いった~!」 と声を上げた。 もちろんそれは “G” ではない。 先日俺の眉間に穴を空けてくれた忌々しいツインテール。 それと同型のストラーフは、起き上がりつつ姫乃のほうに顔を向けて 「すみません、お客さ……あ、お姉さんは確かあの時の!」 と甲高い声を上げた。 「え? あ、あの時のストラーフさん?」 そのストラーフは姫乃がニーキと出会うきっかけとなった神姫だった。 素体はニーキと変わらず黒を基調としたもので、大きく違う点は、その神姫はゴツい武装に包まれていた。 足は膝から下が長く機械的な見た目に変わっており、脚力を上昇させるパーツのようだが、単純な機動力強化でないことは足先に取り付けられた短剣から容易に想像がつく。 神姫の身体と不釣合いに大きいそのレッグパーツとのバランスを取るように、背中にシールド付きの無骨な肩が取り付けられており、そこから機関銃の銃身のような異様に長い腕が伸びている。 肩のシールドにはさらに細身の剣が上に伸びるように取り付けられており、実用的ではなさそうだが、ストラーフのシルエットがより悪魔に近いものになっている。 腕の先についた神姫の頭ほどもある手の五本の爪は相手を引き裂くのか、それとも巨大な武装を振り回すのだろうが――このストラーフは両方の腕に二体の神姫を抱えていた。 一体は腕と脚が白く所々青いペイントが入っていて、腰の辺りまで伸びた癖のある豊かな金髪と相まって上品な印象がある。 もう一体は黒に赤と真逆のカラーリングで、紫のショートカットと左右二箇所でまとめたお団子が子供っぽい。 二体とも色と髪型を除けば同じ装飾がなされていて、目を閉じた顔は姉妹のようによく似ている。 この二体は確か、どこのブランドだったかは忘れたが、一ヶ月くらい前に発売された―― 「お姉さんゴメン! 悪いけどこの二人、ちょっと預かっててよ!」 「ふぇ? なに?」 あっけにとられて立ち上がれない姫乃のスニーカーにストラーフはその二体を横たわらせた。 動けばその二体がコテンと倒れてしまうため、身動きがとれなくなった姫乃は顔だけをあたふたさせる、なんて器用な真似をしてみせた。 「ちょ、ちょっとどうすればいいの? 弧域くん?」 「いや、俺に聞かれても」 「君、お姉さんの彼氏? 説明してる暇はないんだ。 悪いけどその二人を守ってあげて――よっと!!」 一瞬だった。 戦国時代風の鎧に身を包んだ神姫がストラーフの元にいつの間にか飛び込んでいて刀を振り下ろし、ストラーフはそれを片方の剛腕で防ぐと同時にもう片方の腕で武士型の神姫を殴り飛ばした。 突然だったとはいえ、それはギリギリ目で追える程の攻防だった。 ハナコの異様なまでに綺麗な字といい、今の目の前の交錯といい、神姫の能力の高さには舌を巻くばかりだ。 今の一瞬だけで思わず手に力が入ってしまった。 姫乃は手品でも見せられたかのように吹き飛んだ武士とストラーフを交互に見て一人状況から置いていかれていた。 まあ、俺も神姫の動きが見えただけで何がなんだか分からないのだが。 軽く1mは吹き飛んだ武士がふらつきながらも刀を杖にして立ち上がり、その隣に今度は西洋風の鎧を見に纏った神姫が並んだ。 二体とも、遠くから分かるほど、顔が濃い…… 「レミリア、あくまでその二人を渡さないつもりか!」 「当然。 エルもメルもまだまだ将来が楽しみな神姫なんだ。 あんた達みたいにやさぐれて育っちゃ、先輩神姫の名折れだからね。 それに――」 レミリアと呼ばれたストラーフはププゥ! と噴出し、 「 “あくまでその二人を” ってダジャレ? そりゃあそうだよ。 だって私、悪魔だもん」 全力で悪魔らしく、嘲笑った。 「貴様武士を愚弄するかあああああ!! 『魔剣・烈風斬!!』」 「後悔しても遅いぞ! 『エクスカリバー!!』」 「ハンッ! そうよアンタ達みたいな雑魚は二人まとめてかかってきなさい! 『デーモンロードクレイドル!!』」 三人の衝突によって、一瞬、僅かだが、空気が震えた! 冗談だろ!? たかが15cm程度の人形がここまで激しく動けるのかよ! 二人の剣士が渾身の力で放った斬撃をレミリアが突進で蹴散らし、そこから先はもう俺の目にも止まらぬ攻撃の応酬になった。 間近で見る迫力なんてものじゃない。 とても玩具と呼べる代物じゃない。 ――――これが、神姫バトルなのか! 神姫の戦いに見惚れていると、 「弧域くん、この二人どうしよう」 と姫乃が眉を八の字にして俺を見上げていた。 スニーカーに身体を預けた二人の神姫に触れていいものか分からず、立ち上がれずにいるらしい。 残念なことにスカートはばっちり抑えている。 「預かるっていっても、あのお侍さんと鎧さんに襲われたら私はどうすればいいの……」 「いや、さすがに人間には攻撃してこないと思うけど」 眠っているのか電池切れなのか、ピクリともしない白と黒の神姫をとりあえず預かろうとした――その時。 「うぉおおう!?」 白いほうの神姫の目がくわっ! と見開かれ、文字通り飛び起きた。 「レミリア姉さん? レミリア姉さん!?」 「あー、お姉さんならあっちでほら、戦っ――ってちょっと待てオイ!」 俺が指を差した方向で、レミリアは武装の片腕を折られていて残った腕と膝を床につき、その目前に立つ二人の剣士は大上段に構えていた。 剣士二人とは格が違ったように思えた悪魔も、二対一のハンデを覆すまでには至らなかったようだ。 だからレミリアを姉と呼ぶ白い神姫が加勢に向かったのはあまりにも当然で正しすぎる行動だ。 だが、何の武装も無しに斬撃に飛び込むのは自殺行為でしかない! その神姫に気づいたレミリアが 「っ!? バカ来るなぁ!!」 叫んだがもう遅い! 剣を振り下ろした武士と騎士が 「なっ!? エル!?」 気づいたがもう止まらない! 振り下ろされる凶刃に間一髪間に合った、間に合ってしまった神姫は金髪を靡かせ、両腕を広げて―――― 「っ痛ったぁ!?」 間一髪白い神姫と斬撃の間に手を滑り込ませて神姫を掴んだまではよかったが、手を引っ込めるのは間に合わなかった。 玩具でありペーパーナイフ程度の切れ味しかないはずの二振りの剣は見事、俺の右手の甲に二本の切り傷を作ってみせた。 「くそっ、マジで切れやがった! おもちゃってレベルじゃねぇぞ!」 手に走った二本の赤い線からじわぁっと血が滲み出てきた。 その血に合わせるように、痛みもじわじわと手全体に広がっていった。 ニーキといいこいつらといい、俺は神姫に怪我させられる運命なのか!? いや、手を出したのは俺だけれども!! ニーキは姫乃に手を出そうとした俺を邪魔しやがったけれども!! ああもうホントに痛い! これ絶対風呂でしみるぞ! 「きゃあああ!? 弧域くん血出てる、血!!」 「……そ、そんな……私の剣が、お、お客様、を……」 「さんざんお客さんや店に迷惑かけた奴のセリフじゃないね。 暫く頭を冷やしな」 失意の内に刀を落とした武士の頭頂にレミリアの踵落としが決まり、武士はその場に崩れ落ちるように膝を折った。 「き、貴様よくも私の剣を汚しギハッ!?」 「自分の剣に責任も持てないなんて、仮にも同じ剣士なのに恥ずかしいよ、まったく」 いつの間にか目を覚ましていたらしい黒い神姫は携帯電話 (同型同色の携帯をとても身近な人が持っていた気がする) を振り下ろした格好で武士と仲良く並んで倒れた騎士を見おろして、というより侮蔑をたっぷりと込めて見くだしていた。 携帯電話 (あの十字架のストラップにも見覚えがある) を放り出した黒い神姫はレミリアに駆け寄るなり 「レミ姉腕! 腕が!」 と騒ぎ出した。 「オプションパーツだからいくらでも替えが効くって。 だーいじょうぶ大丈夫」 「あんなゴッツイ腕が折れるくらい激しく戦ったんでしょ! お願いだからレミ姉、ボク達なんかさっさと見捨てて、危ないことしないでよぉ……」 「にゃははは! カワイイ妹達を見捨てる姉なんていないって!」 残ったほうの手で黒い神姫の頭をグリグリとなでて、仲睦まじくじゃれ合う二人。 もう一人の白い神姫は―― 「(じーっ)」 俺の手の中に収まったまま、こちらを凝視していた。 眉間の穴が再び開きそうなほど凝視されていた。 「(じーっ)」 「ああ、悪い。 咄嗟だったもんで、掴んで振り回しちゃったな。 怪我はないと思うけど酔ったりしてないか? っつーか神姫って乗り物酔いとかするのか?」 「(じーっ)」 「どうしたんだ? また俺の眉間に風穴でも空いてるのか?」 「(じーっ)」 「おーい、神姫さんやーい」 「じーっ」 「いや、口で擬音を出すなよ」 「……………………(ぽっ)」 「何故そこで赤くなる!?」 白い神姫からの突き刺すような視線は、下ろしてやった後も暫く続いた。 NEXT RONDO 『そうだ、神姫を買いに行こう ~3/4』 15cm程度の死闘トップへ
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/647.html
SHINKI/NEAR TO YOU Phase01-4 色取り取りのレーザーで造られた地平、そのフィールド上を白い翼が舞った。数ある武装神姫の中でも最もオーソドックスなタイプ、天使型MMSアーンヴァルモデルだ。 天使型神姫は持ち前のスピードを活かしライトマシンガンの射撃で相手をけん制する。相対するもう一体の神姫は、天使型の攻撃に防戦一方のようだ。 反撃してこない相手を見て好機と判断したのか、天使型はすかさずライトセーバーを抜き放ち距離を詰める。 一瞬の交叉。 勝利の女神が微笑んだのは、優勢に見えた天使型の方ではなくもう一体の方だった。天使型の斬撃を鋭い動きで避けたその神姫は、体勢を崩した天使型に後ろから組み付き力でねじ伏せると、そのまま天高く飛び上がる。 天使型は相手を振りほどこうとするものの、相手のパワーがそれを許さない。 天使型を完全に捕らえたその神姫はそのまま大きく身を反らせ、そのまま天使型神姫を大地へと叩きつけた。 フィールドを揺るがすかと思うような轟音の後、その場に立っているのは天使型を打ち倒した迷彩模様に身を包んだ大柄の神姫だった。 「おおっ、デッカイ方が勝ったじゃん! 途中まで負けてたのに」 「ふむ。反撃しなかったのは、ワザと劣勢に見せかけて相手の油断と隙を誘うためですか。あちらの迷彩の方もなかなかやりますね」 目の前で繰り広げられたばかりのバトルの様子に、シュンとゼリスがそれぞれの感想をもらす。 「どうどう? やっぱりバトルは武装神姫の華よね。センターの最新型バトルマシーンでのバトルは、そこらの増産型のちゃちなモノとは違うでしょ?」 伊吹の言う通りだった。最新のゲーム筐体というだけあって、三次元モデリングによるバトルフィールドの精緻さ、各種モニタリング機器によりリアルタイムに戦況の変化が判るバトルシステム、一般的なゲームセンターに出回っている既製品とは比べものにならない。何よりもそこに集う猛者たちのレベルが違う。 「これが本場の武装神姫バトルか」 「ふっふっふ~、すごいっしょ? じゃあ早速カウンターに行ってサクッと登録すませましょう」 「カウンターで登録?」 オウム返しに尋ねるシュンに伊吹とワカナコンビが答える。 「センターに来たらまずはサンカトウロクだよ~」 「そ、神姫センターでのバトルはすべて戦績が記録されて、神姫BMAの公式クラシフィケーションにも反映されるから、施設内のゲーム筐体で遊ぶ前には参加登録をするようになってるの」 「ふ~ん、なんか面倒そうだな」 「ダイジョーブ、ダイジョーブ♪ 登録っていっても不正改造パーツでも使ってない限りオーナー登録をデータベースに参照するだけですぐに終わるから」 「シュン、横着しようとせずにここは伊吹さんに従うべきです。というか早く行きましょう。いわゆる〝善は急げ〟ってヤツですね」 伊吹とゼリスのふたりに急かさつつ、シュンはカウンターに向かう。受付自体は伊吹の言う通り神姫のオーナー登録やオーナーの本人確認などをネットワークからデータベースに確認するだけで、シュンはホッとした。 「なんだ、結構簡単なんだな」 「ね? 別に慣れればどうってことないでしょう。後は……そうね。シュっちゃんはここを利用するの初めてだから、このセンターのメンバーカードも作っておくと次からは照会手順を省略できるし、ポイントでいろいろなサービスもついてお得なんだけど。……どうする?」 登録を済ませたシュンに続けて伊吹がいろいろ教えてくれる。どうもここは常連である伊吹の言うことを素直に聞いておいた方がよさそうだ。そもそも今日はずっとこんな調子でうまくいったんだし。 「うぅぅぅ~ん。……それもやっとくか」 「じゃあ、あっちで手続きしてもらいましょう。ワカナとぜっちゃんはここでちょっち待っててね?」 シュンと伊吹は連れ立ってカウンターの前を離れる。ゼリスとワカナはひとまず天板の隅に腰掛けた。静かに佇むゼリスに比べ、ワカナの方はジッとしているのは苦手らしい。すぐにソワソワし出す。 「ふにゅ~。タイクツだよ~」 「ワカナさん、まだふたりがここを離れてから2分37秒しか経過していません。しばし静粛にしているべきです」 落ち着き払ったゼリスに対し、ワカナはひとしきり足をバタバタさせた後、ピョコンと立ち上がった。 「うんしょっ、ひらめいた~。ふたりが戻ってくるまで、ボクはちょっとボーケンの旅へ出かけてくるよ。とっても楽しいよ~」 「斥候任務ですか? ふむ、なるほど。確かにここの地の利についてはワカナさんの方が熟知しているようですからね。この場は私に任せて、どうぞ大役を果たしてください」 「わかったよ~。それじゃ、ちょっと行ってきま~すだよ~」 「気をつけてくださいね」 ワカナはカウンターから飛び落ちると、くるくる宙で回転しながら身軽に着地、意気揚々と人だかりの方へ向かう。ひとり残されたゼリスはその様子を見送った後、その先のゲーム筐体の方へと目を向けた。 筐体の周りは観客や野次馬で一杯だった。筐体上部に設置されたモニターに、今行われているバトルの光景が映し出されている。 「戦の風……其は美しく舞い散る天使の翼……」 すぐ側から聞こえる謳うような朗々とした声にゼリスは横を向く。そこには見知らぬ白い神姫がひとり佇んでいた。 「はじめまして。あなた独り?」 「いいえ、現在メンバーカードの手続き中のシュンを待って待機中です」 「そう。見ない顔だけど、新人さんなのかしら?」 「そうなりますね。神姫センターを訪れるのは今回が初です」 白い神姫はゼリスの返事に微笑んだ。白く長い髪に白い肌、簡素な素体のスーツも白、純白の神姫だ。彼女は屈託のない笑顔でゼリスに語る。 「ここはまさしく幻想の舞台。人間たちの想いで機械仕掛けの妖精たちに心を吹き込む、真夏の夜の夢の世界ね」 「……心を吹き込む?」 彼女はモニターの神姫バトルに恍然とした瞳を向ける。 「ふふ。妖精はね、心を持っていないのよ。だから誰かが与えなければならないの。……素敵じゃない? 人間たちの心を受け取り、妖精たちは初めてプシュケになれるのよ」 スクリーンから漏れる明かりが、彼女の顔に様々な光を落とす。そんな彼女が出し抜けにこちらを振り向いた。つられてその紅い瞳が見つめる先をゼリスが目で追うと、カウンターの向こうからシュンと伊吹のふたりが戻ってくるところだった。 「ぜっちゃん、お待たせ」 「ちょっと時間かかったな。何か変わったこととかあったか?」 話しかけるふたりに、ゼリスは知り合ったばかりの白い神姫を紹介する。 「ふたりの不在中に知人がひとり増えました。こちらの方です」 「こちらって……何処だよ?」 おかしな顔をするシュン。ゼリスはさっきまで隣に座っていた少女を振り返るが、すでにそこには誰もいなかった。 「……意外とせわしない方のようですね」 ゼリスがお決まりの仕草で小首を傾げるのと、三人がワカナの叫び声を聞いたのは、ほとんど同じタイミング。 「タイヘンだよ~っ」 ワカナは小さい体で精一杯叫びながら、慌しく駆け寄る。 「ゲーム機で、神姫ばとるがタイヘンでバーンでドーンだよ。男の子がわんわんだよ~っ」 慌てるワカナの意味不明な説明に、シュンたちが頭に?マークを浮かべたとき、ゲーム筐体の方から一際大きな歓声が沸き立った。 ▲BACK///NEXT▼ 戻る
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/1579.html
「しかしフォートブラッグの外骨格に、そのような機能が搭載されていたとは驚嘆すべき事実です」 「それはもう、俺に良し、お前に良し、皆に良しの魂を引き継ぐ武装神姫ですから」 「なるほど、あなたに対し出力マイクから神姫物質を排出する前と後には『サー』……いえ、『マム』とつけるべきでしょうね」 「ところでドーナツ食べますか?」 「この流れでそれを頂くと、同僚が連帯責任で腕立て伏せをする目の前で食べないといけなくなりそうなので、お気持ちだけ頂いてご遠慮申し上げます」 「そうですか。 ところで話を戻しまして、フォートブラッグのバックパックで正座をするのが邪道なら、逆に考えてみてはどうでしょう?」 「と、仰ると?」 「バックパックで正座をするのではなく、バックパックを用いて正座及び土下座をさせるというのは?」 「土下座でなく座礼です。 ……なるほど、矯正装置として活用するのですね」 「むしろ強制装置で」 「焼いた鉄板の上で?」 「10秒は必要ですね」 「基本ですよね」 「今度は料理のお話でしょうかねぇ?」 「違うと思う、絶対違うと思う!」 ○参考資料:「フルメタルジャケット」「賭博黙示録カイジ」 <戻る> <進む> <目次> 犬子さんの土下座ライフ。 クラブハンド・フォートブラッグ
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/1104.html
「さ~て、今週のねここの飼い方は~?~なの」 「何時流に乗っかったボケしてるのよ……」 「てへへ。一回やってみたかっただけなの♪」 「……まぁ、いいけどね。 それで今回ですが、コミックマーケット72で頒布される 『武装神姫ねここの飼い方02』の新着情報をお届けしたいと思います」 「ドンドンぱふぱふー、なの~♪」 「さて今回収録されているのは、『そのなな』、と『そのきゅう~そのじゅうよん』までになっています。そのはちがないのは前回のクライマックスに持ってきたため、ということに」 「劇場版は~?」 「うん、最初はそっちも入るはずだったのだけれど、ある事情で思ったよりページが増えてしまったので今回はカットすることにしたの。それはまた次回ね」 「えー、ねここそっちも楽しみにしてたのにー! ひどいよぅ、みさにゃぁん……」 「あはは、ごめんね。でもその代わり、前回の数倍の加筆修正をしているからそれで満足してほしいかな。エルゴトーナメント戦なんか7割は新作なんだよ。」 「あー、そうなのっ。エストちゃんとも戦ったしぃ、それにぃココちゃんもぉ~」 「それ以上はネタバレになるから言っちゃダメ」 「えー、ねここ言っちゃいたいのー! 「しょうがないわねぇ・・・じゃあ少しだけよ」 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ さてさて、一回戦のお相手はどんな娘なのかな、と。 「フフフ……それは、私です!」 「にゃ?」 明朗快活な声が、反対側のコンソールから届けられてくる。 ねここと2人、そちらに目を向ければ、操作ボードの上に腕を組み、カッコつけているのか、 斜め45度の角度でこちらを見つめている神姫が1人。 頭部の特徴ある飾りからストラーフ型らしいその神姫は、足首まである豪奢な、黒衣のビロートのマントを身に纏い、 またその瞳は前髪に隠れていて、口元だけがニヤリと不敵な笑みを浮かべている。 しかも何故か彼女にはスポットライトが煌々と当たっていて、バックの赤に黒がよく映えるわね……って、えぇ? 「うぉっ、まぶしっ!?」 「何時の時代のネタをやっている、この馬鹿弟子がぁ!」 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 「……えー、たったこれだけなの……?」 「全部やっちゃ宣伝の意味がないでしょ。我慢するの」 「うぅ……はぁい、なの」 「いい子ね、後で杏仁豆腐作ってあげるから。それと今回、なんとあのGの人にゲスト原稿を頂きました!」 「おおー。すっごいのー♪」 「今まで謎にされていた、ねここと店長さんたちの裏の顔との出会い、その秘密が今大公開されるのです」 「面倒だからかかなかっただけとも言うの」 「う、言いにくいことをハッキリと言うわね……とにかくっ、結構な長編なのでご期待ください」 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 「はいはい。お客さん、今日はもう閉店なんですが…急ぎですか?」 「店長さん、雪乃ちゃんが!」 シャッターを上げたそこには見知った顔。ウチの常連さんである風見美砂ちゃんその人が その表情を曇らせて立っていた。肩の定位置にはねここちゃん。 そしてその手には……夕方店を後にしたゆきのんが眠っていた。 一目で解るくらい損傷している。 そして、その傷には見覚えがあった。 「辻斬り神姫……」 低く呟く。 「雪乃ちゃんの帰りが遅いから心配になって探したら……近くの公園で倒れてて」 「店長さん、お願いなの! 雪乃ちゃんを助けて欲しいの!」 「ああ、言われるまでもねぇ。任せろ!」 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 「あぅあぅ、ゆきにゃんが、どうなっちゃうのっ!?」 「それは本編をお楽しみ、ですよ」 「うぅ、商売上手なのぉ……」 「それでは、『武装神姫ねここの飼い方02』を、ご期待くださいっ」 「尚、現在『虎の穴』にて委託販売中となっています。 虎の穴通販ページ 「地方の方でも通販で確実に購入できますよっ」
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/1725.html
{かくれんぼ(前編)} 「あぁ~あダリーぜ」 悪態つきながらリビングで身体をダルそうに動かす俺がいる。 何故こんなダルいか、というと、今日はあいつ等達のメンテナンスをやるからだ。 最近はバトルの回数が多く、色々と損傷箇所を見つけたり身体能力の更新をチェックをしないといけない。 さらに付け加えて言うならば俺の違法改造武器をフル装備してバトルをするもんだから経験値データがハンパなく蓄積データとしてあるため、メンテナンスでクリーンアップしたり断片化されたデータも最適化しないといけないのだ。 正直に言うと…萎える…。 このメンテナンスの仕事の量は大量過ぎるし俺には四人の神姫がいる。 GRADIUSは厳密に言うと神姫じゃないので数に入れない、どちらかというと武器の方だ。 だからその分はアンジェラス達もより早くメンテナンスが終わって楽という事。 「…そろそろ行くか」 煙草を鉄で出来た吸殻入れにブチ込み、自分の部屋に向かって歩く。 準備はとっくに用意しといたので、後はあいつ等がクレイドルに座ってスタンバイしといてくれれば万事O・Kー。 まぁそこからはダルいメンテナンスが始まるんだけどね…。 はぁ~、溜息が止まらない。 ドアノブに右手で握り回す。 「お~い。お前等いるか~?」 ドアを開けながら自分の部屋にズカズカと入った瞬間、俺が見た光景に更なる溜息を吐かせる原因が出来た。 その原因とは言うと…。 「…はぁ~…イネェ~…」 そう、クレイドルに座ってる奴は一人も居なかったのだ。 マジで?と思いながら俺は椅子に座りノートパソコンの近くに置かれている煙草とジッポを手に取り、煙草に火を付けて煙草を吸う。 そしてまず最初の一言。 「なんでイネェ~んだよ」 空っぽになっているクレイドルを睨みつけながら言う俺。 今日はツいてないみたいだ。 でもまぁここは悪運に強い俺に期待しよう。 必ず奴等を見つけ出しメンテナンスしてヤる。 じゃねーと姉貴に怒られるのは俺だからだ。 一応、これもバイトの一環でやらせられてることだがらな。 ほんでもって、ちゃんとメンテナンスしてないと姉貴のクソ長ったらしいぃ~説教時間をクらう訳。 イヤだ、そんなのは絶対にイヤだ。 <? Some lack?> 「ん?あぁ、グラディウスか。全くもって不足だよ」 武装神姫が四人程な。 両刃剣を持ちながら来たグラディウスは徐にクレイドルの方を見て、次に俺を見ながら。 <Was it maintenance?> 「そ。あいつ等のメンテナンスをヤろうと思ってだんだが、ご覧の通り。バックレやがった」 <Now, there is a problem. Master is useless> 「『駄目』だしする程じゃないけど…俺が怒られるのは勘弁ならねぇから探し出すまでよ」 <I cooperate right now> 「サンキュー♪でもまずお前からメンテナンスした方が早いから今のうちにやっとこうぜ」 <consented!> 両刃剣を一番目のクレイドルの隣に置き、クレイドルに寝そべるグラディウス。 そんじゃあ、メンテナンス開始しますか。 ノートパソコンのキーを叩き次々にグラディウスのデータを調べ上げる。 ふむ、どうやらグラディウスには戦闘以外でも色々と蓄積されたデータがあるみたいだ。 それに人型に変形している時間帯が最近多くなってみたいだな。 まぁあの四つのペンダントの内、唯一人型に変形できて自立行動が出来る武器だからな。 カタカタとキーを叩きメンテナンスをしていく。 「………こんなもんだろ。はい、終わったぜー」 <Thank you> クレイドルから降り両刃剣を拾うグラディウス。 これでグラディウスのメンテナンスは終わった。 にしてもこのクレイドル、普通に一般で売られてるクレイドルとは少し違う。 なんでこんな所に『No Step』て書かれているんだよ。 そんなに危ない場所なのか? でもまぁ番号はあいつ等の順番通りだからいいとして…。 「なんで裏に注意書きが書いてあるかなぁ~。本当は英語で警告て、書かれてるんだけど」 <…?> 「いや何でもない。そんじゃあ奴等を捕まえに行きますか」 <Yes!> グラディウスと共に四人の武装神姫を探索するため立ち上がった。 …にしても気になる。 あのクレイドルはVIS社の支給品だ。 姉貴には必ず充電する時とか、メンテナンスする時はこのクレイドルじゃないといけない、と言われたし…なんだか気にクわない。 あの警告に書かれている内容はあまりにも厳密過ぎるし、話すと長くなるからまた今度。 今はア・イ・ツ・等のかくれんぼに付き合わないといけないからな!
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/1676.html
「当事者って……どういうことだ?」 「そうですね、実際にちょっと試して見ましょうか」 佐藤さんの訝しげな言葉にそうお応えし、マスターさんは視線を佐藤さんの前に座るロゼさんへと移します。 「ロゼさん、と言いましたね」 「……なによ?」 やや不審げなロゼさんの警戒心を解く様に……いえ「たぶらかす様に」笑いかけるマスターさん。 「あなたのオーナーは、どんな方ですか?」 「……はぁ? なんだよそりゃ」 佐藤さんが、不審げな声を上げます。 「どんなって……まぁ一言で言えばバカよね、それも大バカ」 そしてそんな佐藤さんの様子を知ってか知らずか、ごく素直に小悪魔な笑顔で応えるロゼさん。 「てめっ……!」 「まーまー佐藤君、少し黙って聞いてみようよ」 声を上げかけた佐藤さんを、浜野さんが制します。このあたりは、根回しの勝利ですね。 「ほほう、それは一体どのように?」 マスターさんは笑顔でしきりに頷いて、先を促します。 ……ええ、まぁ、現状を一言で語るならば、「釣れた!」といったところでしょうか。 「まずはなんと言っても、考えナシな所よねー。いつもいつも思い付きと勢いでつっぱして、それであとで困ったことになってから後悔してるのよ? だったらまずはちゃんと考えてから行動しなさいって人がせっかく忠告してあげてるのに、全然改めないし」 「それは大変ですねぇ」 「でしょう? 朝なんて人がせっかく起こしてあげてるのに全然起きないし! そんなに眠いなら夜更かしなんてしてないで早く寝なさいっていつも言ってるのに」 「テメーは俺のオカンか!」 たまらず飛び出した佐藤さんのツッコミに、会場からは笑いがこぼれます。ですがロゼさんはお構いナシです。 「それにね、お金に意地汚いのもウンザリよねー。いつも二言目には金がねー、金がねーって。それでバイト三昧だけど、どう考えても無駄遣いをやめる方が先よね」 「そうですね、僕もそう思いますよ」 「でしょでしょ? それからなんと言っても、デリカシーがないのが最悪! レディがいるってのに、お風呂上りにパンツ一丁でうろつくって信じられる?」 「ああ、それはちょっと恥ずかしいですねぇ」 「だらしねぇなぁ」「普段はエラソーにしてるくせに」「辛口ストラーフたん(;´Д`) `ァ `ァ 」「神姫破産か……身につまされるなぁ」「パンツ一丁はいかんよな、パンツ一丁は」「だな、やはり全裸にネクタイが紳士の基本!」「いや、そのりくつはおかしい」「ロゼさん俺も罵ってください」 会場から失笑が漏れ出します。 佐藤さん、奥歯をギリギリと噛み鳴らしつつ、拳を震わせております。と、はたと顔を上げまして。 「って何を勝手に話を進めてやがる! 俺はまだこの勝負を認めたわむぐ?!」 「まーまー佐藤君、ちょっとこのまま見守ってみようか? 大丈夫大丈夫、悪いようにはしないから」 浜野さん、なにやら異様に手馴れた動作で佐藤さんを羽交い絞めにし口を塞ぎます。 さすがにこのあたりで、佐藤さんにも「浜野さんもグル」であることに気付かれたことと思います。 おそらく佐藤さんの脳裏には、「このまま公衆の面前で、ロゼさんにいいようにこき下ろされる」光景が広がっていると思われます。そうして、「武装神姫によく思われていないオーナー」をギャラリーに印象付けて勝負を持っていくつもりだと、そうお思いのことでしょう。 ……お甘いです。 マスターさんの描いたプランは、そんなものでは済みません。すぐに、「その程度で済んでいたら幸せだった」と思い知ることでしょう。うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ。 その間にも、ロゼさんの毒舌ショーは続きます。 「学校でも赤点ばっか、補習ばっか! 最初からちゃんと勉強しておけば、一回で済むのに」 「仰る通りですよねぇ」 だとか。 「買い置きのカップラーメン、気付いたら賞味期限を一ヶ月も過ぎてて……それなのにもったいないからって食べちゃうのよ?! 信じられる!?」 「それはまた大らかと言うかズボラと言うか」 だとか。 「服がバーゲンセールのばっかなのは仕方ないわよ? 洗濯はしてもアイロン掛けまではやらないのもガマンするわ。でも、それで年がら年中あのチンピラルックなのはどうにかして欲しいわね!」 「それはそれは」 だとか。 「野菜は食べない、魚も食べない、食べるのは肉とか脂っこいものばっか。きっと内臓腐ってるわよね」 「一人暮らしだと、気を抜くとそうなってしまいますよねぇ」 だとか。 学業の事から日常の些細な手抜かりから服装のセンスから食生活から、マスターさんの合いの手に乗ってありとあらゆる佐藤さんの欠点が次々と暴露されていきます。 なんと言いますか、佐藤さんをこき下ろすロゼさん、ものすごく輝いています。 佐藤さんは必死にそれを止めようと思っていらっしゃるのでしょうが、浜野さんのホールドはガッチリ決まっていて、身悶えしながらくぐもった声を上げることが精一杯のご様子です。 そんな身動き取れない佐藤さん、目で「泣かす。ロゼのヤツ、後で絶対泣かす……!」と力説しております。 「――それでアタシ、アキに言ってやったのよ! 『アンタ本気でバカでしょ?』って!」 「いやはや、そうでしたか」 まぁ、そんな佐藤さんの必死の思いも、絶好調でトーク中のロゼさんには届かない訳ですが。 と、不意にマスターさんが悲しげな表情をつくり。 「……ロゼさんも、大変ですねぇ」 低い声でぼそりと、しみじみと呟くように言葉を漏らしました。 ……第二段階突入ですね。 「……何よ、急に?」 それまで自分の絶好調トークに心地よい相槌を打っていたマスターさんが様子が変わったことに、ロゼさんが訝しむ表情になります。 そんなロゼさんに対し、マスターさんは「心底同情に耐えない」と言う風を装って言葉を続けます。 「いえその……お話を聞いてる限りロゼさんは、欠点だらけで何一つとして良いところのない、本当にひどいオーナーに仕えることになってしまったんだなぁと思いまして。 武装神姫の側から、オーナーを代える事は出来ないのですよね……お察しします」 「………………………………………………………」 あ、ロゼさんムッとしてます。 これはあれですね。自分が虚仮にするのは良いけど、他人が貶すのは気に入らないという、微妙かつ複雑な神姫ゴコロと言うヤツですね。 しばしの沈黙。 そしてロゼさん、なにやら視線を宙にさまよわせてから。 「……まぁ、その……そんなに全然いいとこなし、って訳でもないのよ?」 そっぽを向きつつ、先ほどまでの滑沢な語り口とは打って変わった歯切れの悪い言葉で、ぼそぼそと言いました。 よい反応です。ですが、マスターさんの追撃は手を緩めません。 「そうなのですか?」 言葉こそ短いものの、とても疑わしげな口調です。言外に「とてもそうとは思えませんけど」という追加音声まではっきり聞こえてきそうな、それほどまでに疑わしげな口調です。 「………………………………………………………」 あ、ロゼさん唇を尖らせています。 また数秒、視線を泳がせてから。 「まぁアキはバカには違いなんだけど……バトルに関してだけはちょっとしたものよね」 今度のお言葉もやや歯切れは悪いながら、先ほどよりもややムキになっていらっしゃる印象を受けるのは私の気のせいでしょうか? おそらく同じ事をマスターさんも感じ取ったのでしょう。沈んでいた表情を明るくし、深く頷きます。 「ああ、そうでしたね。確かこの店で一番の連勝記録をお持ちだとか」 「ええ、そうなのよ!」 ロゼさん、ぱっとお顔を輝かせ、勢い込んで応えました。 「バカアキがデータ確認をサボったお陰で30連勝は逃しちゃったけど、ま、すぐに塗り替えて見せるわよ」 「おや、やっぱり佐藤さんはロゼさんの足を引っ張っていらっしゃる? 不甲斐ないオーナーですねぇ」 「………………………………………………………」 あ、ロゼさんますます唇を尖らせています。 そして今度は視線をさまよわせず、ややマスターさんを睨むようにして。 「……実際に戦ってるのはアタシだけど、作戦とか指示を出してるのはアキだし」 「ほほう、ロゼさんほどの武装神姫が従う、それほどのものであると?」 さりげなくロゼさんと佐藤さんの両方を持ち上げるあたり、さすがはマスターさんです。 果たしてロゼさん、幾分か表情に柔らかさを取り戻しまして。 「ええ、たまーにヘマもするけど、アキの指示は確実だもの」 『たまーに』の部分が必要以上に強調されていたように聞こえたのは、私の気のせいでしょうか。 「ほほう。確かに先ほどお手合わせしていただいたときは、お見事な戦いぶりでしたね。 いやはや、駆け出しとしてはあやかりたいものです」 「ふふん? 知りたい? 教えてあげよっか?」 「おや、教えていただけるので?」 「ええ、構わないわよ」 そう言って、イタズラっぽく微笑むロゼさん。 「簡単なことよ。アキはね、一戦一戦を細かくデータにとって残してるの。その蓄積と分析こそがアタシたちの強さの秘訣って訳。真似できるものならしてごらんなさいな♪」 「なるほどなるほど。確かに僕たちが真似しても、一朝一夕で追いつけるものではありませんね」 「それだけじゃないのよ? アキは装備の分析だってしてるんだから!」 「ほほう、と仰ると?」 「公式販売されてる武装なら一通り……個人作製のだってめぼしいものにはしっかりチェック入れてるのよ!」 「もしかして……全部買っているのですか?」 「ええ、だから情況に応じて装備を選んでくれるし、敵が使ってきたときの対策だってバッチリってワケ」 「それは……すごいですねぇ」 わりと演技でなく驚嘆する、武装購入は節制中なマスターさん。 私もびっくりです。 現在のラインナップを全て揃えようと言うならば、いったいどれだけの資金が必要か……先ほどバイト三昧なのに常々金欠状態だと仰っていましたが、それも当然でしょう。 と言いますか、そうまでしてでもロゼさんに最上の状態を保たせようとする気概には感嘆するばかりです。 私たちの感嘆を受けて、ロゼさんもすっかり機嫌を直されて得意満面です。 「もちろん、どれも飾りじゃないのよ? どの武装だって弾薬代とかケチらずに、アタシが納得いくまで使わせてくれるし。整備だって完璧に仕上げてくれるし!」 闊達そのものに笑うロゼさんに、マスターさんは感心するように、何度も頷きます。 と、少し小首を傾げまして。 「ところでずっと気になっていたのですが、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」 「ん、なに?」 マスターさん、すっとロゼさんの胸元を指差します。そこには、薔薇と剣をあしらわれたエンブレムがマーキングされています。……たしか、GA4アームの肩やサバーカの側面などにも同じものがあしらわれておりましたね。 「その胸元に描かれているエンブレムですが、それはもしかしてオリジナルデザインでしょうか?」 「ああ、これ?」 ロゼさんが、自分の胸元を見下ろし、すぐに顔を上げます。 そのお顔は、今まで以上に輝かんばかりの笑顔です。 「そうよ、アイツがデザインしたのよ。あんな顔してるクセに! ケッサクよね!」 言いながらロゼさん、両手の人差し指を逆ハの字に目の上にかざしました。 「まったくバカみたいでしょ、こーんな顔して真剣になってモニター覗いてさ。 アタシがもう十分って言うのに、いつまでもいつまで手直しすんのよ。 まったく、そんな1ドットや2ドットいじたって変わらないって言うのに、些細なことにこだわっちゃってさー。 ま、その甲斐あって、まぁまぁ見られるエンブレムにはなったけど?」 そんな言葉とは裏腹に、そのエンブレムを誇示するように胸を張り、とてもとても嬉しそうなお顔と口調で語るロゼさんが微笑ましくて仕方ないのですが。 「ま、要するにアキにだって取り得の一つや二つはあるってことよ」 「なるほどなるほど。大事にされてるようですねぇ」 「そうね、まだまだ不足もいいところだけど、とりあえず扱いはそんなには悪くはないかな?」 いえそんな、幸せ絶頂なお顔で言われましても。 と言いますかロゼさん、今の貴女は佐藤さんをこき下ろしていた時よりも何倍も輝いてることに、ご自身でお気づきなのでしょうか? 佐藤さんも、いつのまにやら暴れるのをお止めになっております。 「なるほど、それは素晴らしいですねぇ。いや先ほどは、何も知らずに失礼なことを言ってしまったようで申し訳ありませんでした」 すっかり上機嫌のロゼさんの様子に、わりと素で微笑ましげに目を細めるマスターさん……ですがすぐに作戦を思い出し、すっと俯き思わせぶりに呟かれます。 「ですが、ですねぇ……」 「ん? どうしたの?」 「あー、いえ、別に大した事では……」 「なによ、気になるじゃない」 気になるのでしたら、まさしくマスターさんの術中です。 「いえその、思い過ごしだとは思うのですがね……」 「だから何よ」 「いえ、バトルについて佐藤君が真摯なのは分かりました。先ほど仰っていたバイト三昧も、武装を揃えるための努力とお見受けします。オリジナルエンブレムを一生懸命に考案するあたり、ロゼさんのことを大切にもしているのでしょう。ですが……」 タメ一秒。 「お話を聞いてると、バトルに関してのことばかりだな、と。もしかして、バトルを楽しむためのユニットとしては重宝していても……」 タメ三秒。 「佐藤君は、ロゼさん自身のことはをちゃんと見ているのかな、と思いまして」 「………………………………!」 目を見開き、愕然とした表情で絶句するロゼさん。 いや、まぁ、武装神姫に対して『オマエ実は可愛がられてないんちゃうか』と言う発言は、死刑宣告にも等しいですから仕方ありません。 想像するだけでもこちらまで身震いします。 ……おや? 絶句していたロゼさんも、なにやら身震いを。 「そ……」 そ? 「そんなことないもん!!」 ないもん、と来ましたか。 マスターさんが、ちらりとこちらに目を向けられました。 『堕ちましたね』 『堕ちましたな』 そんなアイコンタクトを一瞬で成立させる私たち。 それはともかく魂の叫びを発露させたロゼさん、そのまま怒涛の勢いで必死に訴えます。 「バトル以外でだって、アキはアタシのこと大切にしてくれるもん! こないだだってアタシが『かわいい服が欲しい』って言ったら、メイド服一式を全色揃えてくれたもん!」 「そこでメイド服がくるか」「なんだよアイツメイド属性かよ」「メイドストラーフたん(;´Д`) `ァ `ァ 」「いきなり全色はやりすぎだろう」「アイツもキャッキャウフフしてるんじゃねーか」「でも、なんか親近感沸くなぁ」「ふ、判っていますねあの青年は。女性を彩りその魅力を最大限に引き立たせる服装といえばメイド服を置いて他にありません。かわいい服を要求されたならメイド服で応える事こそ正解! いえメイド服以外を宛がう事は罪! メイドこそ夢! メイドこそ正義! 夢こそドリームで正義こそジャスティスであり即ちメイドこそ真理! メイドこそ絶対不変なる全宇宙唯一の黄金郷なのです!」 ロゼさんによるオーナー性癖の暴露にギャラリーの皆さんがひそひそひそひそと呟きを交わします。 ……なにやら毛並みの違う方も混ざられているようですが、それはさておき佐藤さんの方も再び浜野さんの腕の中で暴れだしました。 ……そのお顔が真っ赤なのは激しい抵抗を続けているから、だけではないと思われます。 「それにこの間だって、アタシが動物園見たいって言ったら連れてってくれたし! わざわざ、バイト仲間にペコペコ頭下げてシフト代わって貰って時間の都合つけてくれて! お土産に、こーんなでっかいぬいぐるみだって買ってもらえたんだから!」 それでもなお、ロゼさんの暴走は止まることなく「いかに佐藤さんが自分を大切にしてくれているか」を大熱弁です。普段の余裕な雰囲気もどこへやら、すっかりイイカンジにアクセルベタ踏み状態ですね。 「アタシは『お金大丈夫なの?』って聞いたのに、『そんなに抱えこまれたら、今更ダメとも言えねーだろうが』って笑ってくれたし!」 もはやマスターさんも相槌を打っていませんが、ロゼさんの大熱弁は止まりません。 まぁ、それも当然でしょう。 普段、口ではどんな風に言っていようが、所詮は武装神姫。 思考プログラムの根幹にオーナーへの忠誠心を持ち、それでいてそうした強い感情を制御するには武装神姫の精神は人間に比べてずっと純粋で未発達です。 簡単に言えば「武装神姫なんてどいつもこいつも、オーナーのことが好きで好きでたまらない連中ばかりで、隙あらばオーナー自慢をしたくてウズウズしてるに決まってる」と言うことです。 そこを、マスターさんの「押せば引き、引けば押す」巧みな誘導でつつかれたら、もうたまりません。暴走もさもありなん、です。 ほら人間だって好きなことを語り出したら、止まらないものじゃないですか。 「でもそんなこと言って、あとでこっそりバイト増やしてるの、アタシ知ってるんだからね! 睡眠時間まで削ってバイトすることないじゃない!」 なにやら方向性が微妙にズレてきています。が、その根幹にあるのは、変わらずオーナーへの愛。 む、言葉にするとなかなかに照れますね。 「しかもその上夜更かししてまで解析とか分析までやってたら、いつか身体壊しちゃうに決まってるじゃないの! 食事だってロクなの食べないくせに! そんなの絶対ダメなんだからね!」 いやしかし、ロゼさんのデレモードは凄まじいですな。 「プレゼントも嬉しいけど、それよりもずっと一緒にいてくれるだけで十分なんだから、無茶なバイトとかするよりも、一緒にいて欲しいの!」 ご普段がご普段だけに、「私ツンデレ、デレるとすごいンです」と言わんばかりの惚気っぷりです。 ……面白いので、この光景は高音質・高画質で保存しておくこととしましょう、うふふふふふふふふふふふふふふふふふふ。 「むー! むがー! むぐー!」 「まーまー佐藤君落ち着いて落ち着いて。面白くなってきたところだからさ、ね?」 今までにない必死なご様子で抵抗する佐藤さんも、浜野さんのやたら堅固なホールドの前にはむなしくうめき声を上げるのみです。 先ほどの「『このまま公衆の面前で、ロゼさんにいいようにこき下ろされる』で済めば幸せだったと思い知る」と言うこと、ご理解いただけたでしょうか? マスターさんは「あの手のタイプは、貶されるよりも、手放しで賞賛される方が効くんです」と仰っておりましたが、なるほど抵抗は激しさを増すばかりの佐藤さんのご様子を見ると、まさにその通りであったようです。 あー、いえ、別に佐藤さんを辱めることが目的ではないのですよ? 『佐藤君は、やはり悪い方ではないようです。なのになぜ周囲から孤立しているかと考えれば…… 当然、"誤解されてるから"ですよね』 この三本目の始まる前、浜野さんと私を前にして、マスターさんはそう説明してくださいました。 『誤解をそのままにしておくのは、佐藤君にとっても周囲の方々にとっても、よろしくないでしょう』 『ウチの店にもね』 冗談めかして言葉を挟んだ浜野さんに笑いかけると、マスターさんは言葉を続けました。 『でしたらこれもご縁ということで、手っ取り早く誤解を解かせていただきましょう』 マスターさんのお言葉に、『これも縁だと思って』と佐藤さんとの対戦を勧めた浜野さんが小さくお笑いになりました。 『なに、簡単なことです。彼の本心を周囲に明かしてしまえば、それで済むはずです。そのあたりを、存分に語っていただきましょう』 そこでマスターさん、ややぎこちないながらも愛嬌のあるウィンクを致しまして。 『この場にいる皆さんにとっては、ご本人に語っていただくよりも説得力のあるお方に、ね』 つまりはそういうことです。 ロゼさんの暴走を誘発し佐藤さんの褒め殺し(誤用)を発生させたのは、孤立しがちのようであった佐藤さんを『周囲の皆様と』和解させる、和解プランのあくまで「手段」なのです。 そしてその成果はと言いますと。 「なんだかんだ言って、あいつも武装神姫を大切にしてたんだな」「ロゼちゃんも慕ってるみたいだし」「デレモードストラーフたん(;´Д`) `ァ `ァ 」「いけすかねぇバトルジャンキーだと思ってたけど……」「ちょっと佐藤のこと誤解してたかも」「あれか、『武装神姫を愛するやつに悪いやつはいない』ってやつか」「もっと話し合ってみてもよかったかな」「そーだなー」 いやはや、プランは怖いくらいに順調に進行中です。 佐藤さんともどもロゼさんを手玉に取り、情況を思い通りに動かしていくマスターさんのお手並み、感服する他ございません。 マスターさんは、敵に回すべきではございませんね。いやもちろん、叛意を抱こうなどという気持ちは毛頭ありませんが、仮にそのような二心を抱いても、私如きではかなうはずなどありません。 ……ちなみに。 マスターさんによれば、このような公開羞恥プレイじみた手段をとらずとも、時間をかける事さえ出来ればもっとスマートなやり方もあったとの事。しかしあえてこういった荒療治を選択した理由はと言えば。 『まぁ本意はどうあれ、犬子さんを侮辱されたのも事実です。その分の溜飲くらいは、下げさせてもらいましょうかね、くすくすくすくすくすくす』 いやはやまったく、マスターさんを敵にすべきでありませんよ、本当に。 と言うわけで、本心はどうあれ敵対してしまった佐藤さんには、存分に堪能していただきましょう。うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ。 「いつもいつも乱暴な言い方して嫌われて、それで後悔する位なら、余計な口なんて効かなければいいのにっていつも言ってるのに!」 「むぐっ! むががっ! むぐー!」 「アタシはアキの本心わかってるからどんな言い方されてもいいけど、他の人はそんなに察しはよくないの! ううん、アキのせっかくの善意も判らないようなヤツらに、アキの忠告はもったいないんだから!」 「むがむぐ! むぐぐー!」 「そうよ、アキの判断は日本一、ううん、世界一なんだから! アタシは知ってるもの、だってずっとアキの指示に助けられてきたんだもん! この間だってね―――」 「むがー! むががー!! むぐぅおおおおおおおおぉぉおおおおおおおおおお!!」 そんな、ロゼさんの「いかに佐藤さんが素晴らしく、自分がいかに佐藤さんを大切に思い、なおかつ大切に思われてるか」の大熱弁は、佐藤さんのうめき声をBGMに、勢いを衰えさせることなく10分ほど続いたのでした。 そして、兵どもが夢の跡。 10分が経過したステージ上では。 至極上機嫌な浜野さんがにこやかに笑い。 興奮状態が続いたためにオーバーフローを起こされたらしいロゼさんが、焦点の定まらぬカメラアイでペタンと座り込み。 精神的にも肉体的にもギリギリまで追い詰められて疲労困憊な佐藤さんが机に突っ伏して肩で息をし。 そんな彼らをギャラリーの皆さんがやたら温かい笑顔で見守る。 そんな情況が展開されております。 『はーい、では三本目のオーナー自慢勝負ですが』 浜野さんが、再びマイクを手に司会を始めます。 どうでもいいですが、アレはそんな勝負でしたか。 『佐藤君はご覧の通りの有様で、これ以上の続行は難しそうです』 ギャラリーの皆様からは自然と、佐藤さんの健闘(?)を讃える拍手がこぼれます。 『さて、どーしましょうかね?』 「どうしましょうか?」 「どういたしましょう?」 正直なところ、もう既に私たちの目的は全て達成しているのですよね。 私が、『何も出来ない』武装神姫でないことは暗算勝負において証明し。 佐藤さんと周囲の方々の溝も、ロゼさんのご活躍によってある程度は埋まり。 ついでに、私どもの溜飲も、十分に下げさせていただきました。 ですので、これ以上続ける理由は、既に私達にはないわけです。 「そうですねぇ。僕としては、このまま試合終了と言うことにしてもらっても構いません。 なんでしたら、僕達の方の試合放棄で佐藤君たちの勝利という形にしていただいても……」 「まーだーだーっ!!」 不意に佐藤さんが再起動されまして、そう叫びつつ立ち上がり、びしっと私たちを指差します。 「今更負け逃げなんて許すかー! オーナー自慢、お前らにもきっちりやってもらうっ!!」 ……なんと言いますか、佐藤さんからは「死なばもろとも」というオーラが出ています。 これはあれですか。自分たちが晒し者になった以上、私たちにも同じ辱めを受けさせねば溜飲が下がらぬと言う、そんな心理でしょうか。 実に後ろ向きですね。 ですが、まぁ……佐藤さんの瞳は真剣そのもので、こちらも同じ事をせねば収まらないご様子です。 確かに一応は勝負の体裁をとっている以上、こちらも同じ事をするというのも道理ですし。 私はマスターさんを振り返ります。 マスターさんも同じお気持ちらしく、やや苦笑いのご表情ながら、頷いて下さいました。 『はいではー、話もまとまったところで、今度は犬子さんのオーナー自慢、いってみましょー』 ギャラリーの皆さんから、拍手が沸き起こります。 仕方がありません。今度はわたしの番と言うことで。 とはいえ……私はちらりと、ロゼさんに目を向けます。 ロゼさんはまだ再起動を果たされていないようで、焦点の定まらぬカメラアイでぼんやりと俯いていらっしゃいます。 ……あまり野放図に行くのも問題ありですね。 私までもが暴走しないためにも、佐藤さんほどにマスターさんを晒し者にしないためにも、リミッターを設定しておくとしましょう。 適当にオーナー自慢をこなしさえすればそれで収まるでしょうし、その結果ロゼさんのオーナー自慢に及ばず敗退となったとしても、もはやこの局面になったなら、勝敗を争うことに意味などありませんし。 そうですね、まぁ50%程度に設定しておけばよいでしょうか。 こほん。 「では、僭越ながら……」 ……ふと、我に返りました。 思考回路ステータスの状態が限りなく最悪に近い状態を示していて、現状の把握がうまく出来ません。 気が付くと、体内時計はあれから30分ほど経過していることを示しています。 この30分の間のことを思い起こそうとするのですが、なにやらログデータにノイズが多く、はっきりとしません。 断片的に残ったデータでは、どれも私がマスターさんを褒めて褒めて褒めて褒めちぎっておりまして、ドッグテイルはどの時点でもMAX稼動で、そこに時折マスターさんの「もういいですよ」「それで十分ですから」「そろそろその辺で」「あの、犬子さん?」といった制止のお言葉が混ざっておりますが……。 一体、現状はどうなっているのでしょう? 私は、稼働率が著しく低下してる思考回路をなんとか騙し騙し回転させつつ、周囲に目を向けます。 その結果、目に止まったものは……。 塩の柱と化しているギャラリーの皆さん。 お口から魂が抜け出ているかのような佐藤さん。 真っ赤なお顔で俯いているロゼさん。 苦笑いの表情をされている浜野さん。 それから……。 「もう勘弁してくださいもう勘弁してくださいもう勘弁してくださいもう勘弁してくださいもう勘弁してくださいもう勘弁してくださいもう勘弁してくださいもう勘弁してくださいもう勘弁してくださいもう勘弁してくださいもう勘弁してくださいもう勘弁してくださいもう勘弁してくださいもう勘弁してくださいもう勘弁してくださいもう勘弁してください」 土下座で――座礼ではなく、正真正銘の土下座でうわ言のように「もう勘弁してください」と繰り返すマスターさんのお姿でした。 えーと……。 何かを言うべきだ、現状を何とかしないといけない、とは思うのですが、霞がかかったような今の私の思考回路では、何を言えばいいか、どうすればいいかがうまく判断できません。 そんなオーバーフロー気味の思考の中で、とりあえず私は。 「……今度同じ機会があったら、リミッターは25%に設定しましょうかね……」 そんなことを呟いてみるのでした……。 その後のことを、少しお話しせばなりません。 結局佐藤さんとの勝負は、両者戦意喪失と言うことで無効試合となりました。 もともと勝敗にこだわっていたわけでなし、遺恨を残さないという意味では願ったりの結末と言えるでしょう。 ええ、もちろんあそこまでマスターさんを辱めることになるなどとは、私たちのどちらも想像などはしていなかったのですが……。 なんと申しますか、佐藤さんともども多くのものを犠牲とした、当事者たちには凄惨極まりない争いでした……。 願わくば、失ったモノに値する何かを手に入れることが出来たと信じたいところです、ええ……。 それぞれの方々はといいますと。 「はははは、二人ともお疲れ様ー」 浜野さんは、いつも通りです。 あの後も、再起動しないままの私たちを手早く撤収させ、ステージも効率よく片付け、通常業務に戻られました。 お仕事は本当に大丈夫だったか、と後に改めてお聞きしたところ、「盛り上がったからいいんじゃない?」と、実にあっけらかんとしたお答えが返って来ました。 とはいえ実際、もともと佐藤さんの30連勝を祝うゲリライベントの企画はあったとの事で、ちょうどいい穴埋めイベントになったとか。 そう言っていただけると、色々とご面倒をかけてしまった手前、多少は気が楽になります。 今日も浜野さんは、にこやかにフレンドリーにお仕事をこなされる事でしょう。 「まぁでも……オーナー自慢はほどほどにね?」 最後にそう、しっかりと釘を刺されてしまいましたけれども。 「よう、ツンデレコンビ」「調子はどうだツンデレコンビ」「ツンデレストラーフたん(;´Д`) `ァ `ァ 」「頑張れよツンデレコンビ」「応援してるぞツンデレコンビ」「なんか困ったことあったら言えよツンデレコンビ」 「「ツンデレコンビ言うなーっ!!」」 佐藤さんたちは、あれから大分周囲の態度が軟化したようです。 あれだけ赤裸々に心のうちを暴露されて誤解も何もなくなった上に、あれやこれやの恥ずかしい秘密の数々に、共感を覚えた方々がいらっしゃってのことのようです。そういった方々から親しく声をかけられるようになり、今ではすっかり地元馴染みの期待のエースとなっております。 その寄せられる期待の中に、弄られキャラとしてのものもあるのがご本人たちには不満なご様子ですが、それもまた有名税と言うことで諦めていただきましょう。 私たちともその後親しくして頂き、何度もアドバイスをいただきました。 相変わらず言葉は乱暴ですが、そうと心得ればそれもアドバイスと読み取れるものでして、特に腹を立てることもなくありがたく受け入れております。 そしてあの方々自身も、再び30連勝に向けて意欲的に取り組んでいるようです。 もともと実力のあるお方たちです。今度こそきっとそれを成し遂げてくれることでしょう。 そしていずれ、周囲の期待に応えて全国区に名前を轟かせてくれることと信じております。 ……そうして程よく名が広まった頃を見計らって、例のデレモード動画をこっそり流出させることにいたしましょうか。 うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ。 そして私たちはといえば。 「作戦上の演技とはいえ、佐藤君を貶しロゼさんを弄んでしまった、その因果応報でしょうかねぇ……ふふふふふ、いや『人を呪わば穴二つ』とはよく言ったものですよ……」 「申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません!」 「あはは、あは、そんな謝らなくても、もう気にしてませんから、犬子さんもお気になさらず…… ……と言いますか、もうこの話題には触れないようにして頂けると、いえいっそもう全部忘れてもらえたら有難いのですねぇ、あははは……」 思考回路が完全復旧し自分のしでかしたことを認識した私は、それこそ全身の電圧が下がる想いで正真正銘の土下座で許しを乞うたモノです。 寛容にもマスターさんには快くお許しはいただけましたが、私が『同じ機会があったら今度は25%で』というお話をしたところ、即座に『5%でお願いします』と切り返されたことが印象深いです。 ……私はマスターさんに対し、一体どれほどの羞恥プレイを強いたのでしょうか。 想像するだに空恐ろしく、確かめることなどとても出来そうにありませんです、はい……。 申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません……! あとはいつも通り……と言いたいところなのですが、じつはささやかな変化がありまして。 いえ、まぁ、大した事ではないのですがね……。 私たちが誤算していたことに、自分たちは単なる一介の武装神姫とそのオーナーだと思っていたのですが、どうやら潜在的な知名度はそこそこあったらしいのです。 もちろん「名前が知られている」だとか「敬意を払われている」と言う情況には程遠いのですが、敗戦のたびに(つまりバトルのたびに、です、とほほ)休憩スペースで神姫に正座させて向かい合って深々と頭を下げあうコンビは、私たち自身が思っていた以上にご周囲の印象に残っていたらしく、「ああ、あいつ等またやってるなぁ」くらいには存在が知られていたとのことで。 それでもそれだけならばあくまで潜在的な知名度に留まっていたところを、今回の大立ち回りで一気に神姫センターの皆様に名前が広まり、すっかり顔を知られたちょっとした有名人状態となってしまったのです。 それも……。 「よう、土下座ハウリン」「調子はどうだ土下座ハウリン」「土下座ハウリンたん(;´Д`) `ァ `ァ 」「頑張れよ土下座ハウリン」「応援してるぞ土下座ハウリン」「なんか困ったことあったら言えよ土下座ハウリン」 「ご、ご声援……ありがとうゴザイマス……!(引きつった笑み)」 ……本気を出し(て惚気)たら、自身のオーナーすらも土下座で『もう勘弁してください』と平謝りさせる、 キョーフの<土下座ハウリン> の二つ名と共に……です。 ……ええ、これはあくまで自分の行為の結果です。 些か不名誉で納得のいきかねる二つ名ですが、それも甘んじて受け入れましょう。 ですが。 ですがどうか後生ですから、この二つ名の成立のいきさつだけは、何卒御内密にお願いしまする……っ! 神姫三本勝負とはっ! とあるローカル神姫センターが発祥と言われる、 オーナー間あるいは武装神姫間で揉め事が発生した際、 一本目の勝負に負けたオーナーが、 二本目に自分に有利な勝負を提案、 それを以ってイーブンとした上で、 三本目には武装神姫自身にオーナー自慢をさせ、 当事者及び周囲の毒気を抜き、 全てをうやむやのうちに鎮静化させる、 限りなく出来レースに近い あくまで『平和的解決手段』でありっ!! 『決着方法』ではなかったりするっ!! <その15> <その17> <目次> ○今回のエピソード作成に当たり、多大なるご尽力いただいたALCさまに、改めまして厚く御礼申し上げます。
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/32.html
(あぁ…今月の出費が(涙) ご両親様勝手に預金使いこんでごめんなさいっ) そう贖罪する目の前には大量の武装神姫のパーツ、本格的な訓練用端末やら、ねここ用の洋服、壁には大穴…… ねここの飼い方、そのいち 「みさにゃんみさにゃんドコいくの~?」 「ん、きっとねここが喜ぶ場所よ」 道を歩きながら会話をしてく私とねここ。 会話してるねここは私の頭の上、ポニーテールの結び目にまたがって、まるでたれ猫のように乗っていて。 前から見ると顔と腕だけ見えなくて、まるで鏡餅みたい。 ねここを買ってきて数日後、その日は休日だったので私はねここを連れてねここを買った場所、センターへと出向いていた。 ねここを買った時に標準セットも付属はしていたのだけれど、それだけじゃなくねここの好きなものを選ばせてあげようと思ったのだ。 武装神姫たちには個々人の好みもあるそうなので、ねここがどんなのを選ぶのか非常に楽しみだったりする。 「さ、着いたわよ」 「うにゃ♪」 自動ドアをくぐって店内へと入っていく。そこは休日という事もあって前着たときよりもさらに人が多いみたい。 これだけ多くの人がいるとこは初めてのねここは少し緊張してるようで、頭の上からごく僅かにふるふると震えが伝わってくる気がして。 「別に怖がらなくても平気だからね、私が一緒にいるから、ね?」 そう言いながら顎のあたりをくしくししてあげると 「うん~☆」 と安心して元気を取り戻したような声になってくれる。 「さてさて、まずは何処から回りましょうかね~、ねここ行きたい場所ある?」 「う~ん……全部っ☆」 聞くだけ野暮だったかな。とりあえず適当に見て歩こうと歩き出した私の前に、1つのスクリーンが目に付いた。 それは私がねここを買うきっかけになったあのスクリーンだった。 今も試合らしき映像が流れている。 映し出されている神姫は、えぇとあれは天使型というやつかな。 でも各部に付けてるパーツが黒いし、足もブースターではなくて黒いブーツみたいなのになっているから改造してあるみたい。 それは物凄いスピードで華麗に飛翔していて、見るものを引き付けるような… ねここも目を輝かせてその光景に魅入ってるようだ。 それから直ぐに接敵したようで、相手の武装神姫もカメラに映し出される、けど 「あっちキモいのです…なんか怖いよぉ」 「そ…そうね」 翼に目玉みたいなのが沢山付いてて、うん、あれはちょっと私もダメ。 そこから私もねここも一心不乱に魅入っていた。ねここは、 「あー、ダメなの! 逃げてー! 負けないでー!」 白い方を気に入ったらしく必死で応援してるのだけど、頭の上でバタバタ暴れるとちょっと痛いし落ちたら怖いんですけどぉ(汗 「キァーーーーーーーーーーーーーー」 と相手の方がみてるこっちまで頭が痛くなるような金切り声を上げ、白い神姫の方は湖へと落下していく。 「だめだめぇ!頑張ってなのー!いーやーぁー!!!」 あぅぅ、ねここさんお願いだから頭を全力で叩かないでとっても痛いです…… と、湖から飛び出してくる物体、そこから先は鮮やかでした。 華麗な逆転劇をみたねここは余程感動したのか、何時までも飽きることなく歓声を送っていました。 「ねーねー、ねここもあんな風に空飛んでみた~い!」 「え?」 スクリーンから少し離れた休憩ブースで飲み物を飲んでいたら、頭の上のねここがそう言い出して。 「さっきの人みたいに、ねここもぴゅーん!って飛びたいの、空を自由に飛んでみたいの~♪」 ネコ型なのに空をって……ドラ○もん? まぁ、いいかな。それだけ言ってる事だし折角なので買ってあげないと。 ついでに他のも買っておいて色々試させてみようかな。 と、ダメ親モードに突入して他にも一揃え買い与えてみたのでした。 そして、その夜 「ねーねー、これでどうー?」 「うーん。それだとなんか違わない? ほらこっちのほうが」 「えー、ねここそれキラーイ( △ )」 我が家の居間のテーブルの上には大量のパーツが置かれていて、私とねここは片っ端から着けたり外したりしてあーでもない こーでもないと2人だけの改造大会(?)を繰り広げているのでありました。 「うーん…あ、これならどうかな?」 それは今日見たアーンヴァル(基礎知識は何とか一通り覚えました)の飛行ユニットをモデルに、 さらに円柱型ブースターを翼下に取り付けて、更に翼そのものを水平に近い感じにして推力をTMAみたいに 全部後方に集中させて…うふふふ 「ほらほら、ミー○ィア♪」 「みさにゃんそれもう30年以上前のなの…」 むしろなんでねここが知っていますか……私の秘蔵のDVDコッソリみたのかしら。 「まぁまぁ、でもこれならすっごく早く飛べると思うよ。 でも念のためにマオチャオアーマー着けようね」 と手早く換装させてっと、ついでに両手にドリルなんかつけたら…あら結構いいかも。 「おお、なんか凄いかもしれないのだ、なんかぱわ~が出てきた気分なの♪ 両手のドリドリもごっつくて勇者ロボみたいでカッコいい~☆」 ごめん、ちょっと敵役っぽかったかもしれないです。 「じゃ、飛んでみるっ」 むん、と力を入れた表情になるねここ。 「とぁ―――――!!!」 その直後ブースターに火が入ったかと思うと、ズバァァーシュ!!! って音とドガァン!って変な音が。思わず一瞬目を閉じてしまって、 次に目を開けたらねここの姿は何処にも… と、ねここが飛ぼうとしていた方向の壁を見ると、そこにはぽっかりと大きな穴が出来ていて外の風景が丸見え…… 「ねここ―――!?」 私は慌てて靴も履かずにねここを探しに駆け出して、燃料切れ(どうやらリミッターかけないで全燃料を一瞬で吹かしちゃったみたい)で裏山に不時着して目を回しダウンしていたねここを発見回収して、うちに帰りついた頃にはもう朝になってしまっていたのでした…… それ以来我が家のルールに室内でのミーティ○ごっこ禁止の項目が出来たのでありました、おしまい。 「えー、またあれ乗りたいのー!ぶーぶー!」 「ダメ。ねここがまた行方不明になったら心配だから、ね?」 「うぅ、みさにゃんがそういうなら…はぁい」 (でもこっそり乗っちゃおうかな、にゅふふ) 封印解除の日まであと○日(くるのかっ 続く 上に戻る
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2123.html
ウサギのナミダ ACT 1-10 □ 今の状況に置いて、俺に打つべき手はなかった。 噂の否定と拡大阻止などは、一介の大学生には手に余る代物だ。 何かヒントになることはないかと、一度ネットの掲示板なども覗いてみたが、すぐにやめた。 ゲーセンの連中よりも面白半分な書き込みが大半を占めていて、当事者の俺はとても読む気にはならなかった。 もし俺がネット上で否定的な発言をしても、すぐにログは流れてしまうだろうし、「本人降臨」とか言われて、火に油を注いで面白がらせるだけだろう。 ネットだけではなく、ペーパーメディアの情報も入れるのをやめた。 隔週刊誌の「バトルロンド・ダイジェスト」は毎号楽しみに購読していたが、それすらも手に取るのをやめた。 その雑誌には、様々な武装神姫達が誌面を彩っているが、そんな神姫達が妬ましく思えてしまう。 その近くには、例のゴシップ誌が置いてある。 バトロンダイジェストに掲載されている、きらめくばかりの神姫達と、俺達をどん底の状況にたたき落とした雑誌に掲載されているティア。 お前達の現実はこれだ、と、コンビニの雑誌棚にさえ責められているような気がする。 俺はおとなしく大学に通い、上の空で講義を聴き、家に帰っては課題を適当にこなし、時々ティアの様子を見る、という生活を淡々と続けた。 ティアはひどいスランプに陥っていた。 原因は明らかだったが、俺はあえて何も言わないことにしていた。 と言うよりも、かけてやる言葉の持ち合わせがなかったのだ。 いつ復帰できるかわからない、復帰の可能性すら絶たれている今、ティアに訓練をさせる理由がない。 虎実との約束は確かにあるが、それだっていつのことか決まっているわけではないのだ。 だから、ティアには好きにさせていた。 ティアは訓練をやめようとはしなかった。まるで何かに憑かれたように。 課題の消化は遅々として進まなかったが、それでも叱ったりすることはなかった。 俺のモチベーションの方が、もう折れそうだった。 そんな風に過ごしていた木曜日、携帯電話が鳴った。 海藤からだった。 「ネットで、君たちの状況を知ったよ。きっと落ち込んでいると思って」 古い友人はそうのたまった。 ああそうさ、海藤、君の言うとおりになったよ。 俺達はただいま絶賛嘲られ中の身の上さ。 「それで、きっと、ネットもチェックしてないだろうと思ってさ……。 君たちの身の上の問題とは別件で、相談したいことがあるんだ」 なんだそれは? 海藤はよくわからない、もって回った言い方をしている。 俺は意味を尋ねたが、 「ああ、映像を見てもらった方が早いから……土曜日、うちに来ないか? 気分転換も兼ねて、さ。ティアを連れてきてもいいし」 と言った。 そんな気になる言い方をされては、行かざるを得ないではないか。 どちらにせよ、ゲームセンターに行くことも出来ないし、週末はまったく予定が空いている。 土曜日に訪問する約束をして、電話を切った。 ■ マスターが海藤さんと約束している土曜日は、瞬く間にやってきた。 「一緒に行くか?」 判断をわたしに委ねてくれたマスターに、しかしわたしは、断った。 「あの……やっぱり、練習します……」 「そうか……」 その一言だけで、マスターは出かけてしまった。 最近、マスターはわたしに命令することをしない。叱ることも、もちろん笑うこともしない。 もう、何もかもを諦めてしまったかのように、わたしには感じられた。 スランプから未だに脱出できないわたしが原因であることは間違いない。 だからつらかった。 もう、わたしに愛想を尽かしているだろうマスターと一緒にいるのがつらかった。 そして、あろうことか、わたしはマスターに嘘をついた。 一人家に残ったのは、練習の為じゃなくて。 確認したいことがあったから。 電源をつけっぱなしの、マスターのデスクトップPC。 神姫のわたしには大きすぎる、そのキーボードとマウスに歩み寄った。 □ 前回、海藤の家に来たのは、ティアのボディを交換してもらうためだった。 あれからすでに四ヶ月ほども経っている。 その間、俺は夢中でティアと向き合っていたのだ。 急に、左の胸ポケットのあたりが軽く感じられた。 いつもそこにあった、いつもちょっと不安そうな表情は、今日はない。 久しぶりの道を一人歩く。 手にしたドーナッツの箱はお約束だ。 「よく来たね。さあ、入って入って」 旧友はいつものように俺を迎え入れてくれた。 変わらない態度が、今の俺の心に染みた。 「……その手、どうしたんだい?」 俺の右手にはまだ包帯が巻かれている。 まあ、普通気になるよな。 俺は曖昧に笑っていった。 「ああ……ちょっとドジってさ。階段で転んだ」 「ふぅん?」 海藤はそれだけ言って、深く追求しなかった。 「いらっしゃいませ」 鈴の鳴るような声で、海藤の肩から挨拶してきたのはアクア。 彼女も変わらない。 だけど、彼女は不意に気遣わしげな表情になり、 「あの……ティアは?」 俺に尋ねてくる。 二人は変わらない。 この四ヶ月の間に、俺の方にいろいろありすぎたのだ。 「ティアは……一人で自主練」 自分の言葉に、急に寂しくなる。 やっぱり、無理にでも連れてくればよかった。 アクアは少し眉根を寄せて、気遣わしげに俺を見つめている。 俺は安心させるように笑おうとしたが、うまくいかなかった。 海藤は何も言わなかった。 海藤の家の広いリビング。 壁を水槽に占領された反対側の壁に、大型の薄型テレビがかかっている。 海藤はリモコンを手に取り、電源を入れ、目的の映像ファイルを指定した。 「早速だけど、これを見て」 俺達がソファに腰を落ち着けるのももどかしく、海藤は映像をスタートさせた。 何気ない行動であるが、普段の海藤からすると、そうとうせっかちだ。 コーヒーを淹れないどころか、ドーナッツの箱を開こうともしないなんて。 それよりも、今は映像だ。 そんなに急いで見せたい映像とは何なのだろうか。 大型のディスプレイに映像が映し出された。 深い、青。 果てしない蒼穹。 細く、白い雲がたなびいている。 突如、高速で現れた二つの影が、その糸のような雲を切り裂き、翔けていく。 アーンヴァル。 白と黒、二機の武装神姫が、自らもジェット雲を細く引きながら、舞っていた。 ■ わたしは、マスター愛用のキーボードとマウスを操作しながら、ネットを徘徊した。 本来、神姫がPCを操作するには、身体を載せてアクセスするアクセスポッドを使用する。 クレイドルには、アクセスポッドの機能が付加されているものもあるけれど、わたしのクレイドルはごく普通の、最小限の機能しか付いていない。 仕方がないので、こうして巨大な入力デバイスと格闘しているわけなのだ。 なぜネットを調べようと思い至ったのかと言えば、わたしが、いまわたしとマスターを取り巻く状況を何も知らないからだった。 マスターは何も言ってくれない。 だけど、マスターがつらい顔を見せたり、怪我をしたりするのは、外で何かが起こっているに違いない。 ……きっと、わたしの過去のことで。 それを知って、わたしに何が出来るわけではないけれど。 それでもわたしは知りたかった。知らなければならなかった。 懸命にキーボードと格闘し、ようやく武装神姫の話題が豊富な大型掲示板にたどりつく。 武装神姫だけでも、数多くの話題をあつかっているみたいだ。 スレッドと呼ばれる個々の話題の掲示板が、その名称だけでディスプレイの画面が埋め尽くされていた。 わたしはちょっと途方に暮れた。 この無数とも思われる掲示板の中から、自分の知りたい話題のものを探せるだろうか。 だけど、わたしの心配は杞憂だった。 そのスレッドは、リストの一番初めの方にあったのだ。 『袋とじ風俗神姫のスレ 137ページ目』 ……明らかに、あの雑誌の、わたしの写真のことを指しているタイトルだ。 胸が苦しくなる。不安になる。 ここにはきっと、わたしたちのことを知らない人達が、あの記事をどう思っているか、が書きつづられているはずだ。 わたしは意を決し、マウスカーソルをずるずるとスレッドタイトルに移動すると、マウスをクリックした。 □ ステージは超高高度の空中。 繰り広げられているのは超音速のドッグファイトだ。 二機のアーンヴァルは、いずれもカスタマイズされている。 黒の方はトランシェ2のリペイントバージョンがベース。 近・中距離戦を得意とするトランシェ2を基本装備としながらも、デフォルト装備とは異なるロングレーザーライフルも装備し、いかにもアーンヴァルらしいカスタム。 一方、白い方は、こちらもトランシェ2ベースに見えるが、様々なパーツを使用したカスタム機のようだ。ノーマルのアーンヴァルとは異なる、長い銀髪が印象的。 錫杖のような武器を持つきりで、装備は相手に比べて軽量に見える。 この白いアーンヴァルはどこかで見覚えがあった。 「セカンドリーグ全国大会、東東京地区の決勝戦だ」 海藤の言葉に、俺は思わず喉を鳴らした。 参加する神姫の多い東京は常に激戦だ。 東東京地区は、都心から東よりの都内を中心としたエリアで、決勝大会は秋葉原で行われる。 武装神姫のメッカ・秋葉原からの代表ということで、東東京代表は常に優勝候補と目される。 そういえば……俺がどうしようもなくなっていた、先週の日曜日、その秋葉原の決勝大会が行われていたはずだ。 この映像は、その決勝戦、東東京代表が決まる試合なのか。 どうりで、どちらのアーンヴァルも、戦い慣れているはずだ。 動きに迷いがない。 超高高度の空中戦、と言えば聞こえはいいが、戦いにくいフィールドでもある。 障害物はせいぜい雲くらいで、お互い丸見えの状態だ。 また、高度が高い故に、空中機動の装備へのダメージは即致命傷となる。 飛べなくなったら、そのまま落下して負け、というわけだ。 ティアの主戦場、廃墟ステージなら、飛べなくなっても地上戦に持ち込む手もある。 だが、超高高度空中戦では、それはできない。 しかも、そこをフィールドとする神姫の性質からいって、超高速のドッグファイトになるのは間違いない。 そんな状況で、手練手管を駆使し、勝利を目指すというのだ。 画面で舞う二機のアーンヴァルの動きは、無駄なものがそぎ落とされ、シンプルで精緻な機動になっている。 しかし、二機の間には、様々な戦術戦略が火花を散らしているようだ。 まさに激戦区の決勝戦にふさわしい。 だが、勝負はそれほど長く続かなかった。 白のアーンヴァルの方が一枚上手のようだ。 黒のアーンヴァルの方が手数が多いが、白の一発の精密射撃が黒の翼を捕らえた。 急速に移動力を失った黒天使に勝ち目はない。 白天使は的確なショットを決め、黒天使の飛行能力を奪い、勝利した。 ウィンメッセージが画面を埋める。 そして、大写しになる白いアーンヴァル。 カスタムなのか、可愛いというより美しいという形容が似合いそうな、神々しさすら感じる顔立ち。 不意に浮かんできた言葉と、その神姫の通り名が一致した。 俺はその武装神姫を知っていた。思い出した。 「クイーン……アーンヴァル・クイーンの雪華か……!」 海藤は無言で頷いた。 ■ 黒い言葉がディスプレイの画面を埋めていた。 恨み、憎しみ、悲しみ、怒り、それのどれでもなく、ただ「悪意ある」としか形容のしようがない、言葉の羅列。 もう、わたしの名前は知られていた。 マスターからもらった名前が、黒い悪意で汚されているように見えた。 『今週号の袋とじも、ティアちゃんエロス』 『今週のティアは神。エロ神』 『ていうか、ティアは漏れの性奴隷』 『漏れの神姫もティアみたいに性奴隷調教したい』 『ティアに白濁液かけたい』 『自慰用コネクタでマスターにレイプされる画像希望』 改めて思い知る。 わたしは、男の人に奉仕する事ばかりを望まれている神姫なのだと。 胸の奥が痛む。 昔は感じたことのない痛み。 お店にいる頃は、男の人に奉仕することしか知らなかった。 だから、自分が汚れた神姫だと言われても、そうなのだとしか思わなかった。 わたしは、マスターの下で少しだけ変わってしまった。 思い上がっていた。 自分が人並みの、武装神姫だなんて、そうなれるなんて。 あるはずがない。 この痛みは、わたしの思い上がった自信過剰の証だ。 わたしはさらに読み進めていく。 例の雑誌は週刊で、今週号にも、わたしの浅ましい姿が掲載されたらしい。 死ぬほど恥ずかしい。 嫌がりながらも、悦楽に屈し、あられもない痴態をさらした自分の姿。 それを不特定多数の人達が見ているのだと思うと、頭の回路が焼き切れそうな思いだ。 わたしはさらに掲示板の表示をスクロールしていった。 そして……愕然とする。 □ 『クイーン』の二つ名で呼ばれる神姫は有名だ。 彗星のように現れた期待の新人、というふれこみで、半年ほど前から雑誌に載っている。 俺が購読している「バトルロンド・ダイジェスト」で密着取材を行っており、バトルの細かい内容まで毎号掲載されている。 その凛とした佇まい、ストイックな性格、そして特徴的な装備と、圧倒的な実力から、誰からともなく『アーンヴァル・クイーン』と呼ばれるようになった。 その神姫の名前は雪華という。 今シーズン、雪華はセカンドリーグの全国大会にエントリーすると公言した。 正直、密着ドキュメントは雑誌の企画だと思っていた読者も多い。 だから、強いといくら書かれていても、あまり信じられてはいなかった。 だが、バトロンダイジェストに掲載された、公式戦での結果は、俺をも戦慄させるのに十分だった。 いまやクイーン・雪華は、全国大会チャンピオン候補の筆頭だ。 「無冠の女王」の名を廃するべく、真の女王への階段をかけ上がっている、というわけだ。 「……それで、クイーンの決勝戦に何があったって言うんだ?」 俺は海藤に向かって首を傾げる。 海藤はテレビの方を指さした。 「まあ見ていてごらんよ。問題はこの後さ」 釈然としない気持ちで、俺はテレビに向き直る。 ちょうど、クイーンとそのマスターに勝利者インタビューが行われるところだった。 『優勝、おめでとうございます!』 インタビュアーの月並みな祝福に、笑顔で応えるマスターと、あまり笑みを浮かべずに『まだ通過点です』とストイックに応える神姫。 いくつかの質問がかわされた後、インタビュアーはこう言った。 『全国大会本戦まで、あと一ヶ月半あります。その間、どのようなトレーニングをされますか?』 また当たり障りなく答えるだろう、と思っていた。 人の良さそうなマスターは言った。 『そうですね……各地のホビーショップやゲームセンターに出向いて、武者修行しようかと思っています。公式戦に出ていない神姫と戦ってみたいので』 『たとえば、T県の『ハイスピードバニー』ティア、K水族館所属の、イーアネイラのアクア……』 「な……!?」 マスターの言葉を引き継いだ雪華の言葉に、俺は思わず腰を浮かせた。 『S県の『不倒要塞』ゼラーナ、『木の葉落とし』の楓(かえで)。 東京T市の『風の守護者』シリウスに、放浪の神姫『エトランゼ』のミスティ……他にも戦ってみたい神姫はいます』 『なるほど、首都圏各地で、チャンピオンの戦いが見られるかも知れませんね!』 インタビューが終わっても、俺は腰を降ろすことが出来なかった。 背を伸ばして立ち上がり、海藤を見る。 「見せたいと言ったのはこれか、海藤……」 海藤は頷いた。 「やはり知らなかったみたいだね。それで……どう思う?」 「どう思うも何も……」 一介のバトルロンドプレイヤーにすぎない俺達を、東東京チャンピオンが直々に指名? 映像を見せられても、にわかには信じがたい。 しかも理由がわからない。 公式戦に出ていない神姫とはいえ、公式戦上位の神姫達に実力で勝っているとは思えない。 チャンピオンは何が目的だ? 「まったく信憑性がないというか……意味がわからない」 「……やっぱり、君にも心当たりはないか……」 「海藤もないのか? いまバトルロンドやってないアクアも呼ばれていたのに」 「まったくないよ。もしかしたら、昔のころの噂を聞きつけたのかも知れないけど、それだったら、そのころの二つ名を呼ばれると思うし」 確かに、雪華はご丁寧に、神姫の二つ名も一緒に言っていた。 しかも、アクアには「K水族館所属」と言っていたから、現在のアクアと手合わせしたい、ということなのかも知れない。 「だけどなぁ……」 俺はソファにどっかりと座り直した。 「俺達はいま、ゲーセンにも出入り禁止の身だ。それに……チャンピオンが今の状況を知っても戦いたいとは思わないだろうな……」 海藤もため息をついて言った。 「僕は、たとえ対戦を挑まれても、断るつもりだよ。もう、長らくバトルロンドはやっていないし、もうやる気もないしね……」 お茶を淹れよう、と言って、海藤は立ち上がった。 俺は考える。 東東京代表にして、優勝候補最有力の神姫とバトル出来る、というのはとても魅力的に思う。 だが、今の映像をみただけでも、勝負になりそうにないことはわかる。 クイーンの戦闘力は圧倒的だ。あらゆる局面において、実力を発揮できる。 ティアのように、都市のステージだけでしか戦えない神姫とは違うのだ。 そもそも、今俺達が置かれている状況からして、対戦などかなうまい。 クイーンはそのことを知らないのだろう。 ……そこで俺はふと疑問に思うことがあった。 海藤がコーヒーを持って戻ってきた。 俺は、ドーナッツの箱を開けながら、その疑問を海藤にぶつけてみる。 「なあ、海藤」 「なんだい?」 「なんで海藤は……バトルロンドをやめたんだ?」 コーヒーを配る海藤の手が、一瞬止まった。 ■ 「なんで……どうして!?」 思わず声に出た。 見上げた視線の先、ディスプレイに表示された掲示板の書き込み。 そこに書かれていたのは…… 『使用済みの「中古」神姫のオーナーになるなんてマジあり得ない』 『遠慮なく神姫にぶっかけられるからじゃね?』 『いやいや自慰コネクタで直結中出しだろ』 『ティアのオーナーはHENTAI』 『ティアと毎晩エロエロできるマスターうらやましい』 『マスターは神姫陵辱犯でタイーホ』 ……マスターのこと何にも知らない人達が。 勝手にマスターのことをけなして、嘲笑ってる。 やめて。 やめてやめて。 マスターは何も悪くない。 わたしは、マスターに嫌なことなんて何もされてない。 あんなにまっすぐ、わたしを見てくれる人、他に知らない。 わたしに、武装神姫としての喜び、ランドスピナーで走ることの自由さ、世界の色、そして風の心地よさを教えてくれた。 マスターはいつだって、正しくて、まっすぐなのに。 後ろめたいことなんて、何もしてないのに。 なぜ、傷つけるの。 どうして言葉で貶めるの。 胸が、さっきとは比べものにならないほど、痛くなる。 まるで心を鷲掴みにされて、握りつぶされるかのよう。 いままで、さんざん痛い思いをしてきたけれど。 どんな痛みより辛くて。 こんな痛みには耐えられない。 涙が止まらなかった。 わたしが責められるのはいい。汚いって言われるのは仕方がない。ほんとうのことだから。 だけど、マスターが責められるのは違う。間違ってる。 みんな、間違ったことを口にして、平気で盛り上がってる。 悔しい。 わたしは、こんなに間違っていることに、反論の一つもできない。 無力すぎて。 泣いてしまう。 涙腺が壊れてしまったかのように、雫は次から次へと溢れてきて、わたしの顎から玉となって落ちてはじけた。 そして、わたしは泣きながら、考える。 マスターを、こんな目に遭わせているのは、だれ? あんなにまっすぐな人をねじ曲げている、憎い相手はだれ? そして。 思い至る。 わたしだ。 まるで、泥に汚れた手で、白いハンカチを掴んでしまったように。 マスターを汚しているのは、このわたしだ。 マスターを敬愛していた。尊敬していた。 マスターと共にいるのが嬉しかった。認められることが喜びだった。 そのすべてが、マスターを汚し、貶めていた。 そして神姫を取り巻くすべてを、マスターの敵にした……。 ああ、だから。 最近のマスターは、あんな冷たい目でわたしを見るんだ。 だから、何も言わず、すべてを諦めてしまっているんだ。 そして。 痛みに耐えられなくなって。 わたしの心はつぶれてしまった。 次へ> トップページに戻る